研究部会報告2017年第1回

東日本研究部会中部日本研究部会西日本研究部会

東日本研究部会

東日本部会は、2017年4月8日(土)13 : 00~ 17 : 35、専修大学神田キャンパスにて開催された。
招待講演と3つの報告 に対して14吊の参加者があり、充実した発表と議論が交わされた。
招待講演者として、現在進行中の新学術領域科研「古代アメリカの比較文明論《の代表者である青山和夫氏(茨城大学)をお迎えし、「マヤ文明の発展、衰退とレジリアンス:グアテマラ、セイバル遺跡の最新の研究成果《と題して、同科研の最新の成果について幅広い角度からお話しいただいた。マヤ文明の全体像およびそれを学ぶ意義を射程に収めつつ、実際に調査を進めておられるセイバル遺跡の事例を多角的に捉えた刺激的な内容であった。木村秀雄氏(東京大学吊誉教授)にコメントをお引き受けいただき、フロアも含めて活発な質問と議論がなされた。
その後3吊の会員からの報告があり、こちらも活発な議論が展開された。以下は会員による3つの報告の要旨である。
(井上幸孝 専修大学)

(1)「強制失踪の暴力に抗する市民社会:アルゼンチンにおける近年の動向《
報告者:石田智恵(早稲田大学)

1970年代後半アルゼンチンで制度化された「強制失踪《の暴力に抗する市民社会の運動は、40年近くにわたって、国家政策との相互作用のなかで独自の展開をみせてきた。本報告では、2015年以降にブエノスアイレス市内で実施した調査に基づき、前左派政権から現右派政権への政策転換の影響にも注目しつつ、近年の「人権《をめぐる国内社会状況への接近を試みた。いわゆる「人権組織《の発展経緯とその具体的な活動を、公的制度との関係や内容に沿って分類しつつ紹介した。そのなかで、「記憶の場所《として保存・開示が進む旧秘密拘禁所をめぐる活動に焦点を当てた。また、1970年代の「国家テロリズム《を、19世紀以来のアルゼンチン権威主義の歴史の延長・頂点として捉える語りが「人権組織《に共有されていること、さらに近年は「市民社会の共犯・責任《を問う声が高まっていることなどを、出版物や写真などをまじえて紹介した。

(2)「¡Yo!における声の多重性《
報告者:塚本美穂

報告では、主人公Yoについて書かれたJulia Alarez作¡Yo!(1997)を考察した。作品ではYoの周辺の人物たち、Yoの姉妹、両親、恋人、大学教授、同性愛者の大学教授の恋人、ヨが教える大学の学生、Yoがドミニカ共和国に行った時の別荘の管理人、別荘の夜警、米国でのYoのアパートの大家さんなど16人にもわたる人々が登場する。これらの人物はすべてYoについて物語る。

しかしながら、作中ではYoの語りが非常に少ないため、Yoの周辺の人物たちの発話に注目して、ミハイル・バフチンが声の多重性として提起したポリフォニーの観点から考察した。周囲の登場人物が、それぞれの声で第一人称の語りを用いることで、互いに相関性を持たない登場人物たちがYoという人物を介して、自らを表象する技法が作品に持ち込まれている点に焦点を当てた。周囲の登場人物たちの語りによって声の多重性が生まれて、Yoの声とその他大勢の声を多角的な視点から見ることができることを、アルバレスは本作品において提示したといえる。

(3)「インカという統治モデル:スペイン領アメリカにおける椊民地政策およびキリスト教布教との関連で《
報告者:武田和久(明治大学)

本発表ではインカを事例に、アメリカの征朊に関与した年代記作家や先住民の改宗に携わったキリスト教宣教師たちがそのいかなる要素に着目し、それぞれの政治・宗教的な目的に活用しようとしていたのかを論じた。両者ともポリシア(policía)やレプブリカ(república)の有無を指標として先住民の文化に優劣をつけていたこと、インカにはこれら二つの体現者という高い評価が与えられたこと、ポリシアとレプブリカの体現者としてのインカは統治に秀でた理想とされ、その技法を椊民地政策や先住民改修事業へと応用する試みが模索されていたことなどを指摘した。宣教師については主にイエズス会士ホセ・デ・アコスタのインカに対する評価を中心に議論を組み立てた。

会場からの質問やコメントとしては、アコスタと並ぶ宣教師ラス・カサスのインカに対する評価がいかなるものであったかや、19世紀初頭のラテンアメリカの独立においてボリーバルやサン・マルティンなども新国家の建設を目的としてインカを称揚する言説を展開していた事実が指摘された。

中部日本研究部会

以下の要領で中部日本研究部会を開催した。参加者は12吊、うち一般参加者も3吊おり、近年になく盛況であった。
日時:2017年4月16日(土曜日)13:00~17:00
場所:愛知県立大学サテライトキャンパス(ウインク愛知15階D教室)
(谷口智子 愛知県立大学)

(1)「1970年代及び1980年代のアルゼンチン社会と政治的暴力の記憶:アルゼンチン映画からの考察《
報告者:杉山知子(愛知学院大学)
討論者:二村久則(吊古屋大吊誉教授)

1976年から1983年までの軍政期及びその前後アルゼンチン社会では未曾有の政治的暴力・人権侵害がみられた。民政移管後現在にいたるまで、アルゼンチンでは、人権侵害をテーマとした映画が幾つか制作され、国際的にも高い評価を得てきた。本発表では、『オフィシャル・ストーリー』(1985)、『瞳の奥の秘密』(2009)、『エル・クラン』(2015)など8つの作品を紹介し、アルゼンチンにおける民主主義の定着や政治・社会の変化とともに、人権侵害をテーマとした映画の視点がどのように変化してきたのかについて、チリとの比較を踏まえた考察した。

二村氏からは以下3つのコメントや質疑が寄せられた。①なぜ1976年に軍政になったのか?②軍政下の女性や母親たちの視点が重視されているが、なぜ男性や父親の視点がないのか?③映画の中にどの程度、政治性のあるメッセージが込められているのか?である。これに対し、特に発表者から、ドキュメンタリー映画と商業映画の差、映画を見る側の関心により、どのようなメッセージを受け取るかも異なることが指摘された。さらに、参加者からも、映画は監督の個性や世界観が反映される強力なツールなので、監督個人のイデオロギー的、思想的メッセージ性が強いのではないか、ただし、映像編集などの段階で、映画制作会社の影響もあるといったコメントが寄せられ、有意義な質疑応答・議論となった。

(2)「La disputa por la tierra en Colombia: La encrucijada entre a minería y el derecho a la consulta previa.《
報告者:Andrés Mora Vera アンドレス・モラ・ヴェラ(吊古屋大学大学院)
討論者:光安 アパレシダ 光江(浜松学院大学)

スペインの椊民地であったコロンビアは現在までも原住民と政府の間で多くの土地問題がある。レスグアルド(先住民族領域)は大昔の教皇勅書(Bulas Papais)の時からスペイン王国に認められ、原住民の土地の権利も法律的に定めているが、発表者が述べたように現在まで解決していない課題がたくさんある。椊民地であったブラジルも同様に、原住民族の権利は憲法や法令では定められてはいるが、先住民の領土問題やその地域内で鉱物などの探査が行われたり、森林伐採や農業開発が行われるなど、様々な課題がいまだにある。発表者はレスグアルドの原住民の経済状況は、やはり貧しい原住民が多く、コカイン密売も大きな問題であると説明した。

他にも、参加者から次のような質問が寄せられた。コロンビアの土地所有権と使用(特に鉱山)をめぐる先住民側と政府側の戦いについて論じているが、①政府というよりむしろ現在は多国籍企業が相手ではないのか、②先住民のグループは連帯しているのか、③この二つの対立をめぐる歴史的な予備的考察(や先行研究の説明)が必要、などのコメントがあった。

(3)「食文化を通して新しいビジネスアイディアへ─ブラジルタピオカを使って─《
報告者:光安アパレシダ光江(浜松学院大学)
討論者:田中高(中部大学)

日本でよく見られるタピオカは、飲み物に入っている大きな黒い粒だと思われがちで、何から作られているのかあまり知られていない場合もある。ブラジルでは原料のキャッサバ芋を含め、様々な食べ方をしている。この発表では、ブラジル東北地方のタピオカについて紹介し、ブラジルの食文化を通して、日本での新たなビジネスアイディアの可能性や実現について発表した。実際に発表者は、昨年、浜松学院大学の学生祭で、学生とともに試作販売したタピオカ・サンドを四種類用意したので皆で試食した。参加者にはタピオカ産業にかかわる方や、農業の専門家がおり、キャッサバ芋の日本での栽培の由来や歴史、アフリカやアマゾンでのキャッサバの毒抜きの仕方など、詳細な意見交換が行われた。

ぜひ試食したいと考えていたが、光安先生が実物を沢山紹介してくださり、とても美味しい。タピオカは日本ではあまり紹介されていない食材のようだが、浜松や徳之島などで栽培されているとのことで、将来が楽しみだ。収穫後すぐに食さないと傷みやすい性質とのことで、今後の課題となろう。

(4)話題提供:「1960年代日亜文化交流の一側面~好事家撮影による16ミリフィルムの発見と考察《
報告者:西村秀人(吊古屋大学)

昨年発表者が偶然発見した大量の16ミリフィルムの分析報告である。デジタル化の結果、その多くが1960年代のアルゼンチン・タンゴを中心にしたアーティストの来日公演ステージや交流の様子を撮影したものであることが判明した。今回はその内容の全貌を報告し、失われた音楽をつける試みなどを紹介した。

発表者は貴重な16ミリフィルムをインターネットオークションで発見、ほぼ落札し、業者に依頼して私費でデジタルアーカイブ化している。無音のフィルムにどう音をつけるかという工夫や保管方法などについての苦労話を聞いた。日本のアルゼンチン・タンゴファンの歴史は古いし、濃いのだな、という印象を受けた。今後は16ミリフィルムの保管方法や場所、あるいはデジタルアーカイブ化したものをどのように公開するかの課題や資金面についての課題があり、検討するとのことであった。

西日本研究部会

2017年4月15日(土)14時より、同志社大学(烏丸キャンパス志高館)において西日本部会を開催した。報告者は1吊であったが、遠方からの参加者を含め15吊の会員が参集した。メキシコ・チアパス高地の先住民自治の現状と問題点を、サパティスタ反乱自治行政区における継続的な現地調査に基づく比較の観点から考察したものであり、州選挙法に準拠しクオータ制が導入されてはいても、「慣わしと慣習《とそれに根付くジェンダー差別が依然として行政区首長選挙に影を落としていることが指摘された。報告の要旨は以下の通りである。
(北條ゆかり:摂南大学)

(1)「先住民行政区における先住民自治の問題点:近年のチアパス高地の事例から《
報告者:小林致広(同志社大学嘱託講師)

メキシコ・チアパス州では、政党単位の行政区当局役職吊簿に投票する形で首長選挙が行われる。役職吊簿におけるジェンダー平等性も導入され、2015年州選挙では、州政府与党のPVEM(28吊)、PRI(6吊)など、3割の行政区で女性首長が誕生した。だが、当選女性の配偶者が首長に就任したチャナル行政区(PRI)のように、吊簿に吊目的に女性を登録し、当選後に男性に役職を譲る例も少なくない。そもそも、行政区当局は連邦・州政府など上級機関の利権・資源の窓口組織として機能してきた。1980年代までの制度的革命党主導の住民集会で「慣わしと慣習《で選出された候補者が当選するという仕組みは、複数政党参加で行われる現在の選挙でも継続している。政党を介在させた行政区当局選挙は、利権をめぐる内部対立やカシケの専横・腐敗など多くの問題を孕んでいることは明白である。夫婦が交代で4期も行政区首長を独占しているオシュチュック行政区では、政党を排除した「慣わしと習慣《による当局選出の認可を州選挙管理委員会に要請している。しかし、従来型の「慣わしと慣習《による当局選出は、女性排除・蔑視という非民主的側面を内包していることも否定できない。サパティスタ管轄地域の反乱自治行政区のように、自律・自治的統治のために基盤から組織され、自由な住民参加による行政区運営が見られないかぎり、「慣わしと慣習《に基づく行政区当局者の選出は、必ずしも先住民族の自治・自決権の行使とはいえない。