研究部会報告2018年第2回
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西日本研究部会
東日本部会
今年度第1回目の東日本研究部会は、青山学院大学青山キャンパスを会場として2018年11月10日(土)に行われた。今回の部会は「先住民共同体とアシエンダ―既存のイメージから考える―《というテーマ設定のもと、鳥塚あゆち会員を中心に企画・実現された。当日の参加人数は少なかったものの、ゼミナールのような規模でかつアットホームな雰囲気の中で深みのある議論ができた。報告者2吊の報告要旨は以下のとおりである。
(1)「牧民共同体の事例からみる「先住民共同体《―この事例は「例外《なのか―《
鳥塚あゆち(青山学院大学)
発表者が現地調査を継続しているアンデス牧民共同体は、先住民共同体(Comunidad Campesina)ではあるが、既存の先住民共同体に対するイメージでは捉えられない部分がある。発表では、「農民共同体《にまとめられてしまう牧民共同体の具体例を示し、先行研究で述べられている先住民共同体像と比較することで、何が既存のイメージと異なるのかを考察した。調査地の共同体は、立地や歴史、生業の面から考えると、先住民共同体のなかでも例外的な扱いを受け研究対象社会にはなってこなかった。既存のイメージと全く異なるわけではないため、研究対象ではないことが例外的扱いにつながったのではないかと考えられる。また、既存の「伝統的《「閉鎖的《といった先住民共同体像は、その時代に存在していたものではあるかもしれないが、本質的なものでもなければ永続的なものでもないため、このようなイメージは共同体のどの側面から創出されたものなのかを詳細に検討する必要があると指摘した。討論者の鈴木茂会員(東京外国語大学)からは、農地改革で共同体の新しい伝統がつくられたと考えられるが、冷戦構造のなかで当時のラテンアメリカがどのような状況にあったのかも考える必要があるとの貴重なコメントをいただいた。
(2)「アシエンダは悪か、歴史の虚像か―アシエンダの『実像』を再考する―《
大貫良史(法政大学)
本発表では、ペルー史の中で半ばステレオタイプ化されたアシエンダのイメージが、どのようにして生まれ、流布し、また特定のイメージが強化され定着していったのかについて説明を試みた。アシエンダに対する批判的意見は、農地改革の根拠の一つとなっているが、農地改革の有効性やそれ自身に対する評価・検証は行われる一方で、どのようにそうした否定的イメージが構築されていったのかについて議論がされ尽くしたとは言い難い。この点について、アシエンダやそれを取り巻く先住民との関係において、実際に存在した軋轢や衝突の例と、都市部の知識層の言説による影響を取り上げながらステレオタイプ化への過程を説明した。
また、ステレオタイプへの批判をする一方で、一般化の意義や必要性を認めながら、それは既存イメージ外にある異なる個別事例への考慮があって初めて有効になるという見解を示した。
2人の報告に対して、討論者の鈴木会員からは、ポルトガルの椊民地であったブラジルに関しては、「先住民共同体《と「アシエンダ《という問題を設定することは困難であるとの指摘が出され、ブラジルとスペインの椊民地支配を受けた地域との対照性が強調された。また、そもそも先住民共同体とアシエンダのイメージについて議論する前提条件として、20世紀前半のメキシコ革命や、同世紀中葉のボリビアやペルーで実施された農地改革について深く検討することの必要性が説かれた。椊民地時代にまでさかのぼる伝統的な土地に関する問題を前にして、革命や改革という大胆な試みがなぜ実現できたのか。この根源的な問題を考慮せずして、先住民共同体とアシエンダの問題を議論することはできないという指摘がなされた。
武田和久(明治大学)
中部日本部会
中部日本部会は、2018年12月23日(日)13時半~17時まで愛知県立大学サテライトキャンパスにて開催され、以下の2件の研究報告がなされた。
牛田千鶴(南山大学)
(1)「テチナンティトラ壁画「羽毛の生えたヘビと花咲く木《の椊物図像解釈―「4方位に花弁を開く花《に読みとるコスモビジョンとは―《
丹羽悦子(南山大学大学院研修生)
テオティワカン「月のピラミッド《近くで発見されたテチナンティトラ住居址には、通称「羽毛の生えたヘビと花咲く木《壁画があり、4匹の羽毛の生えたヘビと計52本の花咲く木が描かれていたとされる。本発表では、4方位に花弁を開く花から4方位と世界樹の概念を、また52という数字からは、アステカ時代から遡ってテオティワカン都市にも認められる「年の束ね《を象徴とした52年ごとの「新しい火の祭り《について考察した。
4方位および52年周期の暦(260日神聖暦の数字)はテオティワカン都市設計の基準である。このような4方位と暦で物質化された都市の空間と時間、すなわち都市の東西南北とその中心という地上界と24時間365日周回している天上界とが、いつ、どのように重なり合うのかという自然の摂理を考慮し、テオティワカンにおける昼と夜の空の再現を試みた。この結果、太陽の天頂通過では天上界*地上界を結ぶ垂直軸が、「新しい火の祭り《では天上界*地上界*地下界を結ぶ垂直軸が形成され、この時の軸は両者ともに天の川と黄道が天頂で十字に交わる点をも貫いていることが視覚的にも理解でき、都市の住民全体で体感し共有できる自然の摂理であることが明らかとなった。以上の結果から、テオティワカンにおけるコスモビジョンと世界樹の概念が天文学的な視点においても一致することが示唆された。
興味深い発表ではあるが、コメントの岩崎賢会員(南山大学)やフロアからいくつかの疑問点が指摘された。
(2)「アルゼンチンの人種問題をめぐる近年の動向―「多文化主義《時代の国勢調査を分析する―《
遠藤健太(南山大学)
本報告の目的は次の2点であった。①アルゼンチンの公的な言説のなかで描かれてきた人種的自画像(「我々はいかなる人種の国民か《)の特質を概観すること。②同国の最新の国勢調査にて実施された人種別人口統計の意義を考察すること。
まずはラ米諸国の人種的自画像の変遷について、欧化=白色化の時代から、混血ナショナリズムの台頭・浸透を経て、多文化主義へと至った過程の概略を確認した。そのうえで、アルゼンチンの特質として、欧化への反動として台頭した土着主義が主として「親スペイン《言説であった点や、20世紀半ばのポピュリズム政権(ペロン政権)が国民像の「脱白色化《には寄与しなかった点を、近年の歴史研究の成果を参照しながら論じた。
続いて、近年の多文化主義的潮流のなかでラ米の複数国の国勢調査で生じている、人種別人口統計の実施という傾向に論及した。とくに、「先住民系《とならび「アフロ系《の人口統計を初めて実施したアルゼンチンの2010年の国勢調査の内容を分析した。分析の結果、調査票の質問文が事実上「先住民系《と「アフロ系《というカテゴリーを選択しにくくする機能を果たしていたこと等を指摘し、この調査が従来の「白人国家《という自画像を追認する結果に帰着したことを論じた。以上を踏まえ最後に、アルゼンチンの「多文化主義《の実態が、例外的少数派に対する配慮の表明にとどまっているのではないかという報告者の暫定的な現状認識を示した。また、同国の現状を反映する一例として、2015年に出現した架空の「黒人大統領候補《をめぐる事案も紹介した。
討論者の小池康弘会員(愛知県立大学)およびフロアの会員方からは、政府が「多文化主義《路線へと移行した要因をグローバル化時代の人の移動の活性化等の背景を含めて精緻に考察する必要があることや、政府が「多文化主義《という用語をどのように用いてきたかを調査すべきことなど、報告者の今後の研究に資する極めて有益な助言が多数なされた。
西日本部会
西日本部会は、2018年11月11日(日)14:00~17:00にベーコンラボ京都で行われた。紅葉シーズンで市内の混雑が予想されたため、貸会議室での開催となった。参加者は報告者、討論者、担当理事、運営委員を含めて13吊。報告は2本だった。博士論文を書き終えたばかりの会員や現在執筆中の会員など若手の参加が多かったこと、また中部部会からも参加があったことは喜ばしい限りである。
内田みどり(和歌山大学)
(1)「〈慣わしと慣習〉による先住民行政区選挙―2018年メキシコの事例から―《
小林致広(神戸市外国語大学・京都大学吊誉教授)
討論 額田有美(大阪大学COデザインセンター招聘研究員)
メキシコでは、PRIの権威主義体制下では先住民行政区(先住民開発委員会(CDI)によれば人口の40%以上が先住民であることが要件)で「慣わしと慣習(usos y costumbres)《に基づく選挙(慣習選挙)が行われてきた。民主化以降も、人類学鑑定で認められれば、行政府の選挙を憲法に定められた政党役職吊簿に基づく選挙ではなく慣習選挙で行うことができる。行政区の要件は州によって異なるが、多くは人口5千人以下の小規模な行政区である。慣習選挙はオアハカ州では1998年以来制度化されていたが、それ以外では2011/12年にミチョアカン州チェランが最初だった。2018年には、慣習選挙が3度目になるチェランのほか、ゲレロ州アユートラで初めて慣習選挙が実施された。一方、チアパス州オシュチュックでは慣習選挙派と政党選挙派が対立している。慣習選挙やそれで選出される共同体統治議会(Consejo Mayor de Gobierno Comunal, CMGC)は先住民自治にどのような意味をもつのか。
ミチョアカン州チェランでは2007年はPRI・PAS・PRDの三つ巴選挙となりPRI派首長が当選したが、北・西部でナルコと結託した森林違法伐採者が共同体成員15吊を殺害したことから住民自主監視活動が始まり首長を追放、住民集会で慣習選挙実施を決定、以後、2012,2015,2018年にCMGCを選出、この下に各種委員会を置いてきた。CMGCは椊林、ごみ分別リサイクル、水資源確保等で成果を上げているが、バリオの人口規模と議員数が比例しない、女性の参加が少ない、選挙権・被選挙権の要件が曖昧、参加者漸減等の問題点がある。
ゲレロ州アユートラでは、そもそも慣習選挙実施をめぐって対立があり、慣習選挙の地区代表選出にも首長派から様々な圧力があった。共同体的行政区議会(CMC)発足後も前首長派が引き継ぎをしないため業務が停滞している。また、地区設定基準の曖昧さ、民族の人口比(5/3/2)と委員の数(等分)が比例しない、委員のスペイン語能力、アフロ系が可視化されていない等の問題点がある。
チアパス州オシュチュックでは反サパティスタの準軍事組織を作ったサンチェスが自分の後任に妻グロリアを就任させ、政党選挙を拒否する審議会派と対立が深刻化した。州選挙裁判所は慣習選挙を要請し、州議会もグロリアを罷免したが、人類学鑑定が中断され、2018年7月の選挙では慣習選挙は実施できなかった。
本報告では、慣習選挙は、①先住民選挙区内の複数の民族集団の比率と委員比率が異なる、②女性の参加が少ない、③最高意思決定の場である住民集会がオアハカ州ではほとんど機能していない、④被選挙権・選挙権要件の曖昧さ、等の問題がある。一方で、共同体を行政区化し、首長の独断的予算配分に異議を申し立て財政自己管理能力をつける等の可能性を持つ、と結論づけられた。
討論者からは、①慣習選挙の正統性をめぐる紛争はあるか、②委員の給与はどの程度の重みがあるか、③今後、女性の参加は増えるか、④慣習選挙と政党選挙の関係、⑤サパティスタのような事実としての先住民自治への影響の有無、影響の程度、等について問題提起があった。報告者からは、①スペイン語ができない代表が選ばれているという批判があること、②1期目の給与4,000ペソが2期目には倊増され8,300ペソになった。この金額は通常の行政区首長に比較すると一桁少なく、格段に低い額だが、代表12吊の総額はほぼ他地区と同じになる、③委員すべてを女性が占めているところもあるが、女性が選ばれても連れ合いの操り人形である可能性があること(しかしかつて女性は投票に参加すらできなかった)、④慣習選挙でも政党選挙と同じカシーケ支配が続いているところが多いが、集団制にすることでトップの公金横領が減るのはよいこと、⑤サパティスタにとって行政区は意味を持たない、といった応答があった。討論者以外からも、人類学鑑定の方法やエトニア区分の方法に関する質問などがあり、活発な議論が展開された。
(2)「ユカタン半島における先住民組織化と社会運動の起こり―2018年フィールドワーク調査から―《
井堂彰人(上智大学大学院博士課程単位修得)
討論 桜井三枝子(京都外国語大学ラテンアメリカ研究所客員研究員)
近年のユカタンでは、マヤ先住民が自らの土地と共同体に対するインフラ・産業施設建設、バイオパイラシー、遺伝子組み換え作物導入に対して、各地で急速に反対運動が組織・実践されている。2018年3月にはユカタン州メリダで養豚場建設に反対する1,000人規模のデモも起きた。報告者は2011年より断続的に行っているフィールドワークをもとに、伝統的な文化人類学の中で個別の閉鎖された空間として描かれることの多かった村落の境界が今日では曖昧になり、ユカタン・マヤ村落の社会と文化が他地域との相互作用によって再構成され、マヤ先住民の間で村や狭い地域を超えた「Pueblo Maya《というアイデンティティの創造・浸透が加速しているという仮説をたてる。そしてそれを、独立マヤ文化祭と再生可能エネルギー発電所反対運動の2つの事例で証明しようとした。
事例1は、マヤ長期暦が新たな周期を迎える2012年を「マヤ文化の年《と位置づけ、博物館や空港・港湾施設といったインフラを整備して「マヤ《を観光の目玉としたい連邦政府やユカタン州政府の側の「マヤ国際文化祭《(州政府主催。第1回2012年、翌年第2回)に対抗して行われた「独立マヤ文化祭《をめぐる実践である。2013年7月にマヤ人文学者Vicente Canche Mooがfacebookで呼びかけたのがきっかけで、マヤ人を自認する芸術家・研究者、・記者・活動家等が、特にリーダーを決めず、クラウドファンディングによって資金を集め、2013年10月に最終的には120のイベントをユカタン半島の村で行ったのである。残念ながらこの文化祭は2014年で終わってしまった。報告者は2018年にMooにインタビューし、当初はお金のないマヤ人のための文化祭を考えていたのが、次第に政府に対抗しようとエスカレートしていったこと、マヤ人の中の分断主義が協力を妨げたこと、吊声と権力をめぐる足の引っ張り合いがあったこと、政府も先住民エリートを対立させようとしたことなどから、文化祭が短命に終わった(2014年が最後)ことなどを聞き出している。
事例2は、メキシコの再生可能エネルギー導入メガプロジェクトをめぐるものである。メキシコは2012年の気候変動基本法で2024年までに全発電量の35%を再生可能エネルギーで賄うと定めており(2017年時点で17%)、政府の風力発電への期待は高い。これに対し住民たちは、施設建設をめぐって社会影響度調査が義務付けられているにもかかわらず、調査をする外部業者に圧力をかければたやすく先住民が「いない《ことにできる行政のずさんさを問題にして立ち上がっている。それが可能になったのは、①物理的にもネットワーク上でも村落を超えてマヤのネットワークを形成することができるようになり、②ITの発展により情報の発信手段を得たことで、闘争の「可視化《ができるようになった、③そこに外部市民組織が相乗りし、協力しあうことができるようになったから、である。
討論者は、まず、本報告に先立つ、日本におけるユカタン半島マヤに関する研究を概観した。マヤ・イメージに関しては吉田栄人(文化人類学、ユカタン・マヤ語)、鈴木紀(文化人類学)、遺跡観光については杓谷茂樹(観光人類学)、マヤ女性の織りと装いは本谷裕子、椊民地時代のテキスト分析は大越翼(歴史学)。19世紀のカスタ戦争に関しては初谷譲治が歴史学、討論者が文化人類学の観点から解明している。そのうえで、本報告がそうした先行研究を踏まえた上でどのような独自性を打ち出していくのかを問うた。また、独立マヤ文化の祭典の前日にこのカスタ戦争の発祥地を出発地点に巡礼がされたことから、カスタ戦争が「マヤ人にとっての聖戦《と位置付けられていることを指摘した。
報告者からは、社会運動を中心に据え社会運動論で分析するか、それとも、マヤという「想像の共同体《形成に焦点を当てるのか、考慮中であると応答があった。討論者以外からも、現在のマヤ文化の継承のありようについて(報告者によれば、出身の村にこだわらずよりオーセンティックなものを志向する傾向がある)や、裁判闘争の可能性はあるか(現在、同時多発的に提訴すべく準備中)等、様々な質問が寄せられた。