研究部会報告2022年

東日本研究部会 中部日本研究部会 西日本研究部会

東日本部会

2022年12月3日(土)13:30から16:40まで、オンライン(Zoom)で開催され、3件の研究発表があった。開催告知とリマインダーを学会メールで配信した結果、27名の事前申し込みがあり、当日は登壇者を含め全体で32名が参加した。討論者と参加者からは多様な視点からのコメントと質問が寄せられた。一昨年より定例となったオンラインによる開催により、登壇者も参加者も全国各地からの参加が可能となり、研究地域、研究分野を超える活発な議論が行われた。以下は各報告の概要である。
田村梨花(上智大学)

〈個別報告1〉
「キューバにおける奴隷の臨床医療と『黒人』の構築」

発表者:岩村健二郎(早稲田大学)
討論者:安保寛尚(立命館大学)

事前に示した要旨について説明し、バレーラ『博物学・外科的考察』(1798)での「ノスタルジー」について、ヨハネス・ホーファーによる造語以降、ショイヒツァー、サラフランカに継承されたその語と概念が「黒人」とその病を同定するためにいかに自己領有されたのかを解説した。同書は1910年に雑誌記事で書かれたのみの幻の書だったが1953年にリディア・カブレラが再出版する。フランスのメキシコ出兵時に作られた科学委員会に属したデュモンはポール・ブロカの人類学研究の影響下にあり、デュモンのテクストも20世紀に入り犯罪人類学者イスラエル・カステジャーノスが「発見」し翻訳・再出版する。こうした系譜の読解に対して頂いた質疑を通じて、今後はこれら「黒人」をめぐる医療の言説を、生気論対機械論、唯心論対唯物論等の相克において、ヨーロッパで自らを含めた「人類」について構想された認識を分解しながら、外部としての「黒人」像をどう構築、実体化したのか、それは後にどう継承されたのかという議論として再構成する方向性を示すことができた。

〈個別報告2〉
「パラグアイにおけるバイリンガル教育の展開と国民アイデンティティの醸成」

発表者:牛田千鶴(南山大学)
討論者:藤掛洋子(横浜国立大学)

1992年憲法で複文化・二言語国家であることを謳い、スペイン語とグアラニー語を公用語に定めたパラグアイは、その2年後に本格的なバイリンガル教育プログラムを初等教育課程に導入した。本報告ではまず、教育基本法や言語法をはじめとする法的整備状況を確認し、パラグアイにおける社会的な二言語併用状況(ダイグロシア)の特色に触れた上で、バイリンガル教育の3つのモデルを紹介した。そして、四半世紀余におよぶ同教育の取り組みを通じ、社会的に低位の言語とみなされてきたグアラニー語の復権と、それに基づく国民アイデンティティの再構築がめざされてきたと指摘した。討論者からは、グアラニー語使用とジェンダー格差との関連性、バイリンガル教育における先住民言語の位置づけといった観点でのコメントがあった。参加者からは、言語運用能力向上に伴う職業選択の拡がりや先住民としての分類に関する統計上の指標、公教育におけるグアラニー語の標準化方法等に関する質問や、現地調査に関する助言等が寄せられた。

〈個別報告3〉
「フェヘスの短編集における『貧者の文学』」

発表者:宮入亮(上智大学)
討論者:花方寿行(静岡大学)

サンパウロ市郊外出身の作家フェヘス (Ferréz)の短編において「貧者の文学」と 見なせる特徴があるかどうかが考察され た。貧者が対象にされている「貧者につい ての文学」と貧者が主体的に語っていると 見なせる「貧者の文学」の区別が必要であ るとしたうえで、それぞれのカテゴリーに 含まれ得る作品に言及し、フェヘスの短編 集『サンパウロにシロはいない』(Ninguém é inocente em São Paulo)のパラテクスト上 での戦略といくつかの短編を「貧者の文 学」という観点で考察した。パラテクスト 上では一般的な書籍の書式に従わなかった り、あえて教養的な引用が避けられたりし ており、短編のなかには「間違った」言葉 をそのまま使い、貧しいという条件におい ても「創造的」であるという可能性が見出 されていることを確認した。討論者からは、貧者という立場はきわめて流動的であり、「貧者の文学」という形を設定することの困難が指摘された。質疑応答では、フェヘスがサンパウロ郊外において文化的な活動に関わっているという点で、社会に積極的に働きかけていく可能性のあることが指摘された。

中部日本研究部会

日本ラテンアメリカ学会中部日本研究部会では2022年11月19日(土)、13:30から17:00までオンライン(Zoomミーティング)により研究会を開催した。参加者は17名で、18:00まで希望者による歓談を行った。報告は3つあり、活発な議論が繰り広げられた。各報告の詳細は以下の通りである。
浅香幸枝(南山大学)

〈第1報告〉
「カポエイラとウンバンダの世界観」

発表者:河村留利(愛知県立大学大学院)
討論者:古谷嘉章(九州大学)

本発表では、岐阜県土岐市のブラジル新宗教ウンバンダグループの参与観察をもとに、ウンバンダとカポエイラの世界観を明らかにすることを目的とした。ウンバンダは、カトリック、先住民、アフリカ、心霊主義が混淆したブラジル宗教であり、霊媒者が憑依を受けることで悩める人々を癒し、霊的治療を行う。儀礼中に現れる憑依霊「バイアーノス(バイーア州の人々)」と「マランドロス(社会の周縁者)」は、カポエイラの世界においても相手を騙す技や超人的な動きを目指す実践者たちの理想像として親しまれている。これらの憑依霊に着目し、彼らのトリックスター的な性質に現れる「両義性」が、両実践における共通項である仮説を提示した。討論者からは「ディアスポラ性」を持つウンバンダが日本においても独自の変化を遂げており、狡猾さやずる賢さを表す概念「マランドラージェン」を通した「身体表現」が両実践で重要だという有益なコメントがあった。会場からは他の宗教共同体との比較や政治的観点からの質問があった。

〈第2報告〉
「ユカタン・マヤ人にとっての「敵」が意味する存在とは:植民地期初期と21世紀における意味の比較研究」

発表者:郷澤圭介(立教大学外国語教育研究センター)
討論者:井上幸孝(専修大学)

本報告ではユカタン・マヤ語における「敵」という語について、植民地期初期(16–17世紀)と現代それぞれにおける概念とその変化の理由について説明が試みられた。植民地期初期には戦場での敵をNUUPの語で表した。しかしこの語は友人や配偶者等の緊密なパートナー関係も表し「自分と向き合い対をなす同等な存在」という基本的意味を持つ。そのため戦場の敵に対しても善悪の概念はなかったと考えられる。一方現代マヤ人はNUUPを使わず憎しみや悪を意味する語P’EEKやKISINを用い「敵」を表す。敵概念変化の理由について、メソアメリカの二元性の考えから戦争を「相反し補完し合う二つの勢力の動き(衝突)」と捉え正当化していた可能性と、カトリック普及により敵を「神と悪魔」のような非補完的な二極対立の価値観のみで見るようになった可能性が示された。井上会員からはスペイン語のenemigoも時代や文脈により価値観が変化した可能性について等の建設的且つ有益な質問がなされた。

〈第3報告〉
Polarización política, populismo y discursos antagónicos en América Latina. Análisis discursivo multidimensional del debate presidencial televisado de Chile (2021), Colombia (2022) y Brasil (2022)

発表者:Arturo Mila (Universidad de Santiago de Compostela博士課程/ 愛知県立大学大学院)
討論者:菊池啓一(アジア経済研究所)

La política de Latinoamérica se ha caracterizado en los últimos años por el surgimiento de nuevos liderazgos populistas radicales de izquierda y derecha, lo cual ha acentuado la polarización política en el continente. Partiendo de preceptos de un análisis discursivo multidimensional, la presente ponencia analiza los debates presidenciales de Brasil (2022), Chile (2021) y Colombia (2022), con el objetivo de identificar las principales cualidades del populismo radical y la construcción de la izquierda y la derecha en el continente. Entre los principales hallazgos destaca que las cualidades propias del liderazgo populista radical destaca en figuras como en Gustavo Petro (izquierda), Lula Da Silva (Izquierda) y Jair Bolsonaro (derecha), mientras que el resto de los candidatos se inserta en un esquema de política partidista tradicional y, aunque puedan tener cualidades carismáticas, no destacan como líderes outsider, sino que son a menudo asociados a movimientos políticos construidos con el tiempo en sus países (José Antonio Kast al piñerismo y Federico Gutiérrez al uribismo, por ejemplo). Se identificaron dos facetas en la construcción del discurso de los candidatos: una asociada al carisma y a la construcción del ideario del pueblo y otra que habitualmente confronta a sus adversarios políticos, más que generar propuestas.


西日本研究部会

2022年11月26日(土)10:30から12:30まで、Zoomオンラインにて開催され、2件の研究報告があった。両報告者ともにブラジル在住であるため、12時間の時差に鑑み異例の午前中開催となったが、全国各地から11名の参加があり、ルラ次期政権への関心・展望までを含めた活発な質疑応答が行われた。
北條ゆかり(摂南大学)

〈第1報告〉
「第二次世界大戦期のブラジルの対日宣戦布告の背景」

発表者:「第二次世界大戦期のブラジルの対日宣戦布告の背景」
討論者:子安昭子(上智大学)

今次発表では、第二次世界大戦の戦前・戦間期におけるブラジル外交の変遷(中立政策から対日宣戦布告まで)、特に終戦直前の1945年6月に対日宣戦布告に踏み切った背景につき、地理、ヴァルガス大統領の属人性、政権内構図、米国との外交交渉の帰結等の点から説明した。先行研究は、ブラジルも参戦した欧州戦争が終了した後、引き続き米国との協力関係(武器供与や大型融資等)を維持するため、追加的な対日宣戦布告により戦争状態を継続する必要があったと分析するが、報告者は、ヴァルガス大統領が対日宣戦布告によって連合国の一員としての戦時功績を積み重ね、戦後の新たな国際秩序においてより高位を占めようとした、との見方を提唱した。この点、討論者の子安昭子会員の質問に対し、1945年サンフランシスコ会議で、同大統領が会議出席中のヴェローゾ外相に対し、ブラジルの戦時功績と犠牲に基づき安保理常任理事国の地位を求めるよう訓令を発出していた史実等を紹介した。

〈第2報告〉
RISE AND FALL OF SOUTH AMERICAN SECURITY AND DEFENSE INTEGRATION

発表者:Dr. Marcos Aurélio Guedes de Oliveira (Departamento de Ciência Política, Universidade Federal de Pernambuco, Brazil)
討論者:山岡加奈子(アジア経済研究所)

The end of the Cold War led South America to adopt a strong policy of regional cooperation in order to survive in the emerging international system. The creation of Mercosur in 1991 resulted from cooperation between Brazil and Argentina to consolidate democracy and to bring together South American countries toward economic growth. The Brazil-Argentina nuclear agreement represented a key step in this process. The South American Union created in 2008 represented a step forward to bring all regional nations towards dialogue in development and security. The South American Defense Council was a first step to foster a dialogue among South American countries to protect themselves against an increasingly unpredicted and globalized world. Both regional initiatives failed due to weak institutions and populism. This led Brazil towards BRICS. The Brazilian wish for a Multi-polar international system appeared to become feasible with BRICS. Nevertheless, the impact of a global dispute within UNASUL and between the US and China have led Brazil to step back from its regional project and let the region change to a context that might resemble the one before Mercosur.