研究部会報告2023年

東日本研究部会 中部日本研究部会西日本研究部会

東日本部会

2023年12月2日(土)13:30から16:40まで、オンライン(Zoom)で開催され、3件の研究発表があった。開催告知とリマインダーを学会メールで配信した結果、18名の事前申し込みがあり、当日は登壇者を含め全体で21名が参加した。討論者と参加者からは多様な視点からのコメントと質問が寄せられた。昨年と同じくオンラインによる開催により、全国各地からの参加が可能となり、研究地域、研究分野を超える活発な議論が行われた。以下は各報告の概要である。
 担当理事:上英明

〈第一報告〉
トリーホスとその時代──岐路に立つパナマ運河

発表者:細田晴子(日本大学)
討論者:ルベン・ロドリゲズ(早稲田大学)

本報告は、冷戦下「独立外交」の道を模索したトリーホス時代、米国との運河条約交渉に臨むパナマの立場を、軍事的・イデオロギー的理由よりも経済的理由に焦点を当てながら分析し、普遍的なデモクラシーとは何かを問うた。具体的には、1974年から1981年のグローバル化する国際政治の中に、米・パナマ二国間ではなく、日本、スペイン、イギリスなどの視点も組み入れたマルチアーカイヴァル手法でパナマの政治外交を分析した。
討論者からは、貧富の差に関するパナマ内部の断絶に関する補足があり、労働者や教育にも投資したトリーホスは民主的ともいえないが伝統的な独裁者ともいえないこと、90年代も含めた長期的視点での分析の必要性が指摘された。参加者からは、日米パナマの第二運河構想は、費用や環境への影響等の理由で実施に至らなかったが、その後の運河拡張の基礎になったとの指摘があった。

〈第二報告〉
  『国際協力』としての戦後海外移住──移住の効果と現地での認識

発表者:田中秀一(一橋大学大学院)
討論者:ガラシーノ・ファクンド(JICA緒方研究所)

本報告では最初に、ブラジルやパラグアイを含む現地政府はそもそも未開拓地域の開発を目的とし移住者を受け入れ、さらに開発主義の思想が定着すると現地政府はニーズに合わせて移住者を受け入れるようになったと主張した。また、今でも現地政府は日系人が現地の発展に貢献したと説明した。移住者たちに関しても、現地の発展に貢献するという認識があったとも明らかにした。そして現在、日系団体はこのような貢献を誇りに思っていることを紹介した。このため、移住が「国際協力」の側面を持ったことに対して、現地政府と日系団体の間で共通認識があったと結論付けた。
討論者からは、「国際協力としての移住」と「棄民としての移住」という見方は対立しないとの指摘がった。さらに、よりグローバルな視点が不可欠だと指摘された。最後に、参加者との間で「国際協力」の定義についても議論された。

〈第三報告〉
  Renewable Energy, Biofuels, and Nuclear: Explaining the Energy Diplomacy Strategies of Emerging Powers in Brazil

発表者:舛方周一郎(東京外国語大学)
討論者:子安昭子(上智大学)

During the energy crisis, emerging powers developed an energy diplomacy that either exerted influence bilaterally or cooperated multilaterally. This presentation focuses on Brazil as a case study to answer the research question of why some emerging powers prefer bilateral to multilateral channels in energy supply. The characteristics of the emerging powers were divided into China, India, and Russia to identify their relative advantages in R&D, manufacturing, and supply and to analyze the energy diplomacy strategies in terms of the type of technology transfer, manufacturing location, and supply chain. The results showed that all countries are aiming for complementarity through alliances with other countries and organizations to compensate for their weaknesses, that not all emerging powers necessarily feel the need to challenge the Western-led international system of managing the energy transition, and that they also utilize existing multilateral frameworks to enhance their credibility.
The discussant asked which countries had succeeded in energy diplomacy toward Brazil and whether competitive energy diplomacy had boosted cooperation, and participants posed questions regarding the significance of energy diplomacy in each country

中部日本研究部会

中部日本研究部会では2023年12月16日(土)、13:30から17:00までオンライン(Zoomミーティング)により2023年度第2回研究会を開催した。参加者は20名で、17:30まで希望者による歓談を行った。報告は3つあり、活発な議論が繰り広げられた。前半2報告については討論者を付け、時差の関係で最後となった報告は内容からフロア全体でコメント・意見交換をした。名古屋をハブに日本全国、スペインを繋ぐ有意義な会となった。日本及び世界におけるラテンアメリカ研究と教育の実態と今後の課題を考える機会を提供した。各報告の詳細は以下の通りである。
担当理事:淺香幸枝[文責]・小池康弘
運営委員:丹羽悦子

〈第一報告〉
1970年代南米諸国における軍事政権の人権侵害と米州人権委員会
──1974年米州人権委員会によるチリ訪問を事例として

発表者:杉山知子(愛知学院大学)
討論者:内田みどり(和歌山大学)

1970年代南米諸国の軍事政権下において強制失踪をはじめとする深刻な人権侵害があった。米州人権委員会による「1974年チリの人権状況報告書」では、1974年7月22日から8月2日にかけての米州人権委員会のチリ訪問調査の活動記録が記されている。報告書に超法規的逮捕、拷問、強制労働に関する事項が公的に記録されたこと、短期的には米州人権委員会による訪問調査によって人権状況・収容施設環境の改善が見られたことは高く評価できる。他方、チリの人権状況についての長期的なインパクトの評価は難しいと思われる。
討論者の内田会員からは、米州人権委員会の活動についての法的根拠についての指摘、1974年以後のチリに対する米州人権委員会活動の展開について質問があり、山岡加奈子会員からも、チリ軍事政権を支援する米国の米州人権委員会活動に対する圧力の有無についての質問があった。米州人権委員会活動はこれまで研究対象として注目されてこなかったが、今後一層の研究が望まれる。

〈第二報告〉
Redes y recursos de comunidades: movilidad social en Nikkei peruanos en Aichi, Japón

発表者:Luis Cabrera (名古屋大学大学院博士課程)
討論者:寺澤宏美(名古屋学国語大学)

I presented my research proposal on the social networks and resources utilized by Nikkei Peruvians to achieve social mobility in different cities in Aichi prefecture, Japan. Through qualitative research methods, this research will delve into the intricate dynamics of community support and external resources shaping the lives of Nikkei Peruvians in Aichi.
Interactions with commentators and participants revealed diverse perspectives on the factors influencing social mobility within the Nikkei Peruvian community. Commentators highlighted the importance of cultural identity preservation and the role of educational opportunities in fostering upward mobility. Participants shared personal anecdotes, enriching the discourse with nuanced insights into the challenges and opportunities faced by Nikkei Peruvians in Aichi.
Overall, the presentation facilitated a fruitful exchange of ideas and experiences, shedding light on the multifaceted nature of social mobility among Nikkei Peruvians in Japan. The engagement with commentators and participants deepened understanding of the intricate interplay between community networks, external resources, and individual agency in shaping trajectories of social advancement within the Nikkei Peruvian diaspora in Aichi, Japan

〈第二報告〉
Redes y recursos de comunidades: movilidad social en Nikkei peruanos en Aichi, Japón

発表者:Arturo Mila-Maldonado(Universidad de Santiago de Compostela大学院博士課程)

Esta presentación analiza los enfoques, competencias y líneas de investigación de los principales programas universitarios vinculados a los Estudios Latinoamericanos en Japón, tomando en cuenta el creciente interés del país oriental hacia los estudios extranjeros, específicamente de Hispanoamérica. Tras realizar un análisis de contenido (cuantitativo) aplicado a una veintena de programas académicos de pregrado y posgrado, se identificó que: 1) su formación está orientada a la enseñanza/aprendizaje del español; 2) con objetivos formativos ligados, comúnmente, a la traducción e interpretación y a la investigación. 3) Como competencias se promueve el pensamiento crítico, la comunicación plurilingüe y la enseñanza de lenguas extranjeras. 4) Además, es importante el estrechamiento de las relaciones interinstitucionales a través de programas de inmersión lingüística, intercambio de estudiantes e investigadores y voluntariados entre universidades japonesas e hispanoamericanas. 5) Con un cuerpo docente mayormente japonés (más del 60%), 6) y un énfasis de impartición de los programas en español, 7) entre las líneas de investigación de estos programas resaltan los estudios del español, América Latina y El Caribe, traducción e interpretación y vinculación a la comunidad. Los comentarios sobre este informe han otorgado una serie de insumos para la realización de un estudio más abarcativo a posteriori.


西日本研究部会

2024年2月17日(土)10:00から13:20まで、オンライン(Zoom)で開催され、4件の個別報告があった。うち2会員は、メキシコおよび米国からの登壇であったため、時差に鑑み午前中からの開催となった。全国各地から30名の事前申し込みがあり、当日は23名が参加した。メキシコの南・北国境地帯をフィールドとする人類学的研究報告2件、および同じくメキシコのツォツィル語文学創作(creación literaria)とA・カルペンティエルのラジオドラマ作品『ノアの最後の旅』(1940)をめぐる分析報告2件に対して、討論者を立てずできるだけ討議の時間を確保しようとしたが、それでも足りないほど関心の高さが窺えた。各報告の概要と質疑応答内容は以下の通りである。
担当理事:北條ゆかり[文責]・宇佐美耕一
運営委員:安保寛尚

〈第一報告〉
 メキシコ移民政策に関する地方行政機関の役割と国際機関との関係
 ──チアパス州タパチュラ市の事例

発表者:黒宮亜紀(El Colegio de la Frontera Surメキシコ南部国境大学)

2018年以降、タパチュラ市は、メキシコを縦断してアメリカを目指す様々な国籍の移民が、難民申請を行うために一時的に滞在する町へと変化してきている。この人々を支援するためのプログラムが、連邦、州、市政府、そしてIOMといった国際機関がそれぞれ協力関係を築きながら行われている。しかし、協力関係ならびに支援プログラムの実践は個人間の協力関係、そして個人的な努力・倫理観が基盤になっており、これによって、誰が、どういった関係性のなかで、どのような倫理観をもって、またどの程度のインフラ設備の中で、政策を実践する(できる)のかによって施行内容が変わることを示した。報告に対して、メキシコが移民を受け入れ続けている状況にあることの政治的理由や、どのくらいの人たちがアメリカ入国を最終目的としているのかという具体的な質問への回答に加えて、支援プログラムがトランジット移民向けではなく、政策上、難民の受け入れのためであるという矛盾についての説明を掘り下げた。さらにメキシコ縦断のための難民申請という手法の問題点などについて、難民という制度が現状に追い付いていないという状況から、難民自体の概念の見直しや、その制度に関しての討論がなされるべきではないかと主張した。

〈第二報告〉
米墨国境の先住民族クミアイのトランスナショナルな連帯と政治的アイデンティティの形成

発表者:福間真央(関西外国語大学)

米国のカリフォルニア州とメキシコのバハ・カリフォルニア州を跨いで居住する先住民族クミアイは1980年代以降、国境を超えた連帯の動きを加速させている。本発表では、クミアイのトランスナショナル化は、1970年代に言語的な類似性が発見されたことを契機としており、1990年以降、南北のコミュニティは、米墨政府機関やNGOなどの様々なアクターと協力しながら、文化的、経済的、政治的側面において連帯を深めたことを指摘した。また、国境を超えた連帯の動きは、国境管理および警備の強化に呼応する形で展開したこと、そしてクミアイのみならずその他のユーマン語族の先住民も巻き込んでいることから、米墨国境地域に新たな政治的空間の形成を目指すものとして理解することができるのではないか、また、このような動きを通じて米墨国境先住民(ユーマン)の間で政治的アイデンティティが形成されたのではないかと述べた。発表後、クミアイのケースは、ニューヨークやカリフォルニアに移住したオアハカの先住民のような、一般的に理解されているトランスナショナルのケースとは大きく異なっていることから、トランスナショナルを捉えなおすきっかけになるのではないかいう意見が出された。

〈第三報告〉
 ツォツィル文学創作プロセス──文学実践への人類学的アプローチ

発表者:発表者:鋤柄史子(バルセロナ大学社会人類学専攻博士後期課程)

本発表では、メキシコ、チアパス州サンクリストバル・デ・ラスカサス市を拠点にツォツィル語とスペイン語でバイリンガル文学を書く現代作家たちの活動に関して文学的および人類学的見地からおこなった研究の報告をし、主にその問題提起と方法論を取り上げた。文学実践への人類学的アプローチに関して、ツォツィル文字の読み書き習得と文学創作と自己翻訳という三つの観点をふまえて問題提起を行なった。ツォツィル文学を書くという行為が含意する様々な事象に取り組むため、本研究は文学を社会実践ととらえ、文学創作プロセスを考察することを提唱する。
発表後には、自己翻訳の発表が増えつつある世界文学の中でツォツィル文学実践の位置づけについて、他方では、ツォツィル作家たちの実践の中の世界文学の位置づけについて質問をいただいた。世界文学との関係についてはツォツィル作家の間で意見は様々にあるが、彼らの読書体験やワークショップで学ぶ表現技法や文学テーマは、「先住民文学」という括りの中に収まるものではなく、むしろ世界で書かれ読まれてきた優れた作品をどんどん吸収していこうという傾向があることは、一つの事実であると考えている。

〈第四報告〉
「現在進行中の歴史」を語る──A・カルペンティエルの『ノアの最後の旅』をめぐって

発表者:穐原三佳(神戸市外国語大学)

本報告では、アレホ・カルペンティエルのラジオドラマ『ノアの最後の旅(El último viaje de Noé, 1940)』を取り上げ、作家による同時期の時事文を参照しつつ脚本の分析を試みた。 その際、前後に書かれた作品にも着目し、特に初期の短い作品群において「機械仕掛けの神 (deus ex machina)」の技法が多用されていることを指摘した。その上で、『ノアの最後の旅』 においても同技法は認められるがその作用が不完全のままドラマが終結している点に、第二 次世界大戦期という進行中の歴史的文脈の影響を見出した。また、以降の作品では「機械仕 掛けの神」の存在が希薄になる傾向と、晩年の小説『春の祭典(La consagración de la primavera, 1978)』においては「キューバ革命」という歴史的事件が「機械仕掛けの神」と して作用している点についても言及した。
討論者からは、「近すぎる歴史を書く」上での作者の意図についての質問や、キューバに おける同作品の影響に関する質問に加えて、短編「種への旅」(Viaje a la semilla, 1944)等、 1940年以降の作品を分析する際にはカルペンティエルの創作の特徴をなす「魔術」という 要素にも着目する必要があろう、といった今後の研究に有用な指摘がなされた。