研究部会報告1999年第2回
東日本研究部会
99年12月11日(土)上智大学で開催。17名の出席者をえて活発な議論の場となった。大島報告は、国家によるインディヘナ農民の取り込み実態を、政党や全国会議に焦点をあてて検討した。国家や米国との関係を視野に入れて、農民運動の発生と変容の過程をを明らかにしており、質疑ではエリートの役割や、後のトゥパク・カタリ運動との関連などが話題になった。武村氏は、紛争と危機の比較に注目しつつ、中米の3か国をめぐる国際環境の変化とその要因を分析した。米国国務省内の動向との関係などについて参加者から質問があり、コスタリカの視点から整理できないかという指摘もなされた。両報告は主題や方法論こそ異なるが、ほぼ同時代(1930~50年代)のラテンアメリカ現代史における内外の政治社会事象を扱っている。それぞれボリビアの革命の前段階とグアテマラ革命に関する考察としても意義深いものがあり、今後の発展が期待される。
(新木秀和 早稲田大学)
ボリビアにおけるインディヘナ農民の統合過程
ビリャロエル政権(1943~46年)とインディヘナ会議を中心に
大島正裕(青山学院大学大学院)
今報告は、チャコ戦争(1932~35年)以後のボリビア近代史を扱ったものであり、インディヘナ農民が「国民」に統合されていく過程を分析したものである。
チャコ戦争後ボリビアはナショナリズムの時代を迎えるが、それを指導したのは青年将校や新興大衆政党であった。ナショナリスト達は錫鉱山や農村を独占的に所有するオリガルキー体制への反発から、インディヘナ農民や鉱山労働者との連帯を模索し始める。1943年に登場したビリャロエル政権、特にそれを担った国民革命運動(MNR)は、農民を上から統合するために1945年5月にインディヘナ全国会議を開催した。会議はMNRの農民への父権主義的支配が輪郭を現したという点で重要である。だが同時に会議は農民の要求を反映したものでもあった。会議を巡るこうした両者の関係性を分析することは、現代のインディヘナと国家との関係を考察する上での基礎となるはずである。
コスタリカ VS ニカラグア紛争(1955年)をめぐる国際環境
グアテマラ危機(1954年)との比較において
竹村 卓(駿河台大学)
1955年1月発生したコスタリカとニカラグアとの紛争は、48年12月の両国間紛争と同様OASを通じて処理された。54年グアテマラのアルベンス政権が転覆された際、ニカラグアのソモサはCIAを中心とする米国アイゼンハワー政権の秘密工作に深く関与し協力を与えていた。それに対し55年紛争時アイゼンハワー政権は、グアテマラ危機とは異なり、コスタリカのフィゲーレス政権を明確に援助している。その際、アイゼンハワー政権内部における国務省ラテンアメリカ担当部局の巻き返しが認められ、またフィゲーレス政権に対するアメリカ労働総同盟(AFL)などの支援があった。メキシコ、ウルグアイ、エクアドルなどのラテンアメリカ諸国の反応、更にはイギリス、OASと国際連合との管轄権などの国際環境要因が紛争解決に大きく作用していた。また質疑の中で、今後は観点を変えコスタリカ側の「主体性」を軸として研究を進めてはどうかとの示唆を受けた。
中部日本研究部会
中部日本部会は12月11日、名古屋大学の大学院生を中心に13名の参加を得、順に修士論文と博士論文の中間発表となった。青木報告ではメキシコ、ビジャ・デ・コリーマでの「魔女狩り」裁判の記録を元に、特にいわゆるムラート層を対象とした魔女狩りが多かったことが発表された。フロアからはこれをメキシコ全体の中でどう位置づけるか、時代を通じてどう変化したかを研究する必要も指摘された。三輪報告はピノチェット政権期以降のチリの基礎教育制度改革について、効率と公正とのバランスという視点からの詳細な研究発表であり、市場原理に基づく教育政策の歪みと限界が様々な角度から指摘された。参加者からは制度のより詳しい内容説明が求められる一方で、私立校と公立校とでは実際の教育上どういった相違があるのかといった質問もあった。
このところ参加者も多く討論活発な中部部会だが、元来会員数がさほど多くない中部地区ではこれはメンバーの固定化ともとれる。少しでも幅広い参加が望まれる点は他地域と同じだろう。
(安原 毅 南山大学)
メキシコの魔女についての一考察
青木葉子(名古屋大学大学院)
コルテスによってメキシコが植民地化されてから、メキシコには様々な概念、文化などがヨーロッパから持ち込まれた。「魔女」という概念もその一つである。
当時ヨーロッパでは「魔女狩り」が隆盛を極めつつあった頃で、多くの女性、男性が告発され、裁きを受けた。魔女は、中世から近世にかけての社会不安(ペスト流行、農民戦争、三十年戦争など)の為に、不安をうち消す安全弁として生み出された。このような背景を持つ魔女狩りの概念がメキシコに渡った時、一体どのような形になって現れたのか?Villa de Colimaでは1732年3・4月の二ヶ月間に139件の裁判が起こされ、約70名が告発された。(うち殆どがbrujería、hechiceríaの罪)また、被告の大多数がmulatoであった。本報告では、背景となるヨーロッパの魔女狩りについて報告し、ヌエバ・エスパーニャで使われた「魔女」の概念を説明した上でVilla de Colimaでの裁判記録を紹介した。
構造調整以降の基礎教育制度
分権化と民営化
三輪千明(名古屋大学大学院)
構造調整以降、教育政策においても「小さな政府」と「市場原理の導入」が進められ、分権化や民営化などの政策が展開されてきた。このような政策は、財源の多様化、競争による効率の改善、ひいては質の向上に貢献するという仮定によって正当化されている。本発表は、基礎教育政策で分権化と私立校の増加を積極的に進めてきたチリを事例に、そうした政策のインパクトを、効率と公正の視角から明らかにすることを目的とした。その結果、これらの政策は効率面では一定の効果を上げたが、質の向上に対する成果では疑問視される点の少なくないことが分かった。つまり、より多くの児童の獲得を目標とする競争原理の導入は、必ずしも教育内容の改善努力を促すものではなかった。一方、公正面では、基礎教育段階からの学校の階層化を深化させるという結果を招いた。新自由主義下の「市場の失敗」は、政府の適切な制度設定による回避が可能とされるが、学校が児童を選択するという非公式な慣行の存続は、そのような規制が果たし得る役割の限界を示す一例である。市場原理が機能する土壌にあって「教育の公正の改善を伴った質の向上」が模索される現在、政府の果たすべき役割は大きい。
西日本研究部会
西日本部会研究会は、12月18日(土)に神戸大学で開催され、出席者は10名であった。まず、柴田修子氏の報告「ラカンドン密林への入植過程」は、ラカンドン密林地域が何故サパティスタの支持基盤となっているかを、その入植過程の特質から明らかにしようとするもので、現地のフィールドワークの成果を含めたユニークな報告であった。続く上嶋俊一氏の報告「ラテンアメリカ民営化に見る政府の役割」は、アルゼンチンとチリにおける電力セクターの民営化の評価を、その効率性の改善という問題を軸に、データ・資料を駆使して様々な角度から分析したものであった。以上の2報告とも今後の発展が期待される。続いて西島章次より「ラテンアメリカにおける第2世代の政策改革」が報告され、今後のラテンアメリカにおいては政府・制度の市場補完的な役割が重要で、そのための政府改革・制度構築が必要であることが強調された。前回の研究会と同様、より多くの会員の積極的な参加者が望まれる。
(西島章次 神戸大学)
ラカンドン密林への入植過程
柴田修子(大阪経済大学)
1994年に起きたサパティスタ軍の蜂起以来、チアパス州は世界の耳目を集めているが、彼らの支持基盤をなしているのが、東部に広がるラカンドン密林地域であることは案外知られていない。ましては同地域が、20世紀の半ば以降先住民を中心とした農民たちが「自主的な」入植を行い、新しい村が次々に作られたいった場所であるということはなおさらである。同地域への入植については、メキシコの研究者たちによる地道な調査によって少しずつその過程が明らかにされつつあるものの、こうした一連の研究は何が起こったかという点に的がしぼられており、入植者たちがエヒードとしての法的権利を手に入れるに至るプロセスの解明など、政府との関係を視野に入れた研究はまだなされていないのが現状である。そこで本発表では、同地域の入植の過程を歴代の入植政策と合わせて考察し、政策と実態の過程との関係を明らかにした。
ラテンアメリカ電力セクター民営化 アルゼンチン、チリの事例をもとに
上嶋俊一(神戸大学大学院)
ラテンアメリカの民営化は途上国において、先駆け的存在である。各国の事情に違いはあるにせよ、その要因や方法には共通する部分が多い。その中で公共サービス部門の民営化は全体の42%を占める。しかし自然独占の発生する分野だけに、他の財の民営化とは異なる難しい問題があるため、政策が重要となる。ケーススタディとして取りあげたアルゼンチンとチリは電力セクターの民営化では成功例とされている。その要因は競争政策や規制などのレギュレーションの確立にある。両国とも料金システムは電力市場を創設し、その結果として料金や設備利用の面での改善がなされた。特に民営化が早かったチリでは電力会社の収益面での向上、さらには事業の拡大も進んでいることが明らかになっている。とはいえいくつかの問題点が懸念される。元来独占の発生しやすい部門だけに、とくにチリで見られる再統合化は、市場の独占を危惧させる。また地域内における寡占化も、小国への影響を考えると今後検討すべき問題である。
ラテンアメリカにおける第2世代の政策改革について
西島章次(神戸大学)
ラテンアメリカ諸国は経済自由化を進める第1世代の政策改革を実施しているが、一方で経済成長を回復させたものの、他方で失業の増大、分配の悪化、金融・通貨危機などの問題も生じている。このため、現在のラテンアメリカでは、いわば第2世代の政策改革として政府と制度の市場補完的機能が問われ、それらのガバナンスを改善する改革が求められている。ラテンアメリカの政府と制度のガバナンスに関する基本的論点は、ラテンアメリカの政府と制度は適切で十分な能力を備えているのか、ラテンアメリカ固有の経済・社会・政治的背景はどのようにガバナンスを制約しているのか、ガバナンスを改善するためにはいかなる政府改革や制度構築が必要とされるのか、現在のラテンアメリカにおいてはいかなる変化が生じつつあるのか、などであろう。本報告では、以上の諸問題についていくつかの論点を取上げて議論した。