研究部会報告2002年第1回

東日本研究部会

3月30日 (土) 上智大学で開催し、12名が出席した。笛田報告は、農民運動論への寄与を期しメキシコの一事例に検討を加えたもの。UNORCAの自律性の内容、とくに中央政府との関係や自主管理の意味内容に質疑が集中し、サリナス期とそれ以降では状況が異なるのではないか、信用組合の創設に自律性を見るがその具体像はどうなのか、などの点が問われた。佐藤報告は、法学面からブラジル養子縁組の実態を掘り下げたもので、子どもをめぐる国家間の問題が浮き彫りにされた。フロアからは、養子の内容、不正規ルートの実態、子どもの権利条約の見通しなどについて確認が続き、政策提言につながる可能性を問う意見も出された。ドロント報告は、心理学的アプローチからラテンアメリカ出身留学生が経験する文化間適応の問題を取り上げ、OHPの使用も効果的だった。心理テストの内容心的ストレスの状況などについて質問が出され、適応/不適応という点で、つくば市の位置づけや東南アジア留学生との比較を問うコメントがあった。本部会は参加人数こそ限られたが、積極的な質疑応答がなされたことは評価されよう。
(新木秀和 神奈川大学)

「メキシコの 『新しい農民運動』 に関する一考察-自治農民地域組織全国連合 (UNORCA) の形成と発展」
笛田千容 (上智大学大学院)

本報告の目的は自治農民地域組織全国連合 (UNORCA) に焦点を当てることでメキシコの 「新しい農民運動」 論の諸事例をより総合的に捉え直すこと、およびそれを通じて、農民研究において 「新しい農民運動」 論が看過している国内制度的説明要因を補足することにあった。
まず誰がいかに 「新しい農民運動」 の担い手となったのかを明らかにした。1970年代以降、農村部では資源要求の多様化と動員の分散化が進むが、そのなかでUNORCAを構成するのは、政府の発案と一定の資源アクセスが保障されたことをうけて組織され、行政機構の末端で非公式的な利益媒介経路の迂回に成功した一部の集団であった。
また、「新しい農民運動」の特徴とされる国家に対する自律性が維持されたのか否かについても、考察をおこなった。UNORCAは一方で、その指導部が政府に取り込まれ、経済自由化と体制維持の両立を図る政府を支援することによって資源配分を確保し、他方では、地域構成組織主導による運動の存続と多様化を模索するようになったのである。

「Cross-Cultural Adaptation Process of Latin American Students at the University of Tsukuba: A Cross-Cultural Psychological Perspective」
Patricia Duronto (筑波大学大学院)

This study explains the particular patter of adaptation of Latin American international students at the University of Tsukuba that is interesting because of the wide cultural gap that exists between the Latin American and Japanese cultures. It has been shown that the wider the cultural difference, the more difficult the cross-cultural transition.
There are several interesting results. First, and within the psychological adaptation perspective the group of Latin American students at the University of Tsukuba showed difficulties in attending to the cultural context of the communication, as well as observing their effect on others while interacting-both of which are characteristics that make the process of mutual understanding difficult. Even tough they have shown good ability to manage emotions and maintain self-esteem and they can maintain a positive attitude, cope with stress, and react positively to new experiences, the group has found interpersonal relationships with Japanese people to be the most difficult aspect of the adaptation process. The difficulty establishing meaningful relationships with persons from the host-culture affected the emotional satisfaction of Latin American students during their process of cultural adaptation to the University of Tsukuba's cultural environment. Cultural distance as the perceived difference between culture of origin and culture of contact manifests itself in the impossibility for direct communication, which made Latin American students feel isolated from Japanese people and sometimes rejected.
Second and regarding to Sociocultural adaptation, Latin American students had their highest level of difficulty in areas related to the understanding of the new environment with its values and worldview, as well as in communicating with host nationals and in establishing friendships.

中部日本研究部会

4月6日 (土) 14時から17時30分にかけて名古屋大学言語文化部棟1階A会議室にて開催された。出席者は14名。今回の報告はいずれも大学院生によるもので、分析の視点や発表の方法において意欲的なものであった。
山本報告はクリステーロス戦争を局所的でまた時代的に限定された政府・教会間の紛争ではなく独立後の近代化路線における政教分離政策及び社会の「世俗化」 の結果引き起こされたものとして捉えた。そして19世紀に遡り関係する憲法・法律を詳細に検討し論考した。これに対しフロアからはローマ教会 (バチカン) との関係教会の教育政策憲法改正 (1992-93) 後の聖職者の法的身分の変化といった広範な質問が出た。
佐原報告はいわゆるメキシコ独自の死生観が今日どのようにして定着したか都市部における死の表象形態や埋葬の様式の変遷を歴史的に分析した。その際パワー・ポイントを効果的に利用し、プレ・ヒスパニック期や植民地時代の死の表象をポサダの描いたカサベラと比較したり死者の日について新聞に掲載されたアンケートを資料として用いた。フロアからはカラベラが西欧的なものへの反発あるいは国民意識の統一に役立っている (利用されている) というコメントがなされた。
田中敬一 (愛知県立大学)

「メキシコにおける政府・教会関係-クリステーロス戦争」
山本悦子 (名古屋大学大学院)

本報告の目的は、独立後のメキシコにおける政府・教会関係を歴史的に捉えながら、1926-1929年に起こったクリステーロス戦争が、その後の教会の政治的・社会的立場を決定付けるのにどのような役割を果たしたのかを探るものであった。政教分離を目指す自由主義派政府に対し、教会は自らの特権確保のために常に敵対してきた。教会財産の国有化などで、経済力は低下したものの、19世紀末から活発になった労働組合などの結成により、教会はその社会的影響力を強めた。この動きは、革命後まだ基盤を確立していない政府にとっては、最大の脅威であり、そこで政府は憲法で教会の社会活動を厳しく制限して、その社会的影響力をそごうとした。この両者の対立が頂点に達したのがクリステーロス戦争である。宗教的な紛争というより、甚だ政治的な紛争であったこの戦争は条文改正の可能性を示唆しただけの『合意』によって、終結した。政府はこれによって教会にその合法的正当性を認めさせ、教会の国家への従属を勝ち得、権威主義体制確立の足がかりとした。

「メキシコ都市部の死の表象-墓地とカラベラの変遷を中心に-」
佐原みどり (名古屋大学大学院)

メキシコにはカラベラ (骸骨) をはじめとする特有の死の表象形態がある。主に11月の死者の日に登場するカラベラ画は19世紀末の民衆版画家ホセ・グァダルーペ・ポサダの諷刺画の影響が大きい。そこにはメキシコ古来からの死生観植民地時代のカトリック的他界観、ペスト時代の死の舞踏フランス啓蒙思想の影響における社会の世俗化独立以降の権力構造などメキシコの歴史が浮き彫りにされている。カラベラに描かれるメキシコ的死生観はメキシコ人の自己の歴史への省察でもある。そのようにメキシコ独自の死生観を今日でも保持する一方で葬儀や遺体処置に関する風習は「死がタブー」 となった近代社会の特徴的な 「合理的」 葬制に変わりつつあり、火葬への移行は今日のメキシコ都市部における重要な課題となっている。今回の報告では死に関する新たな風習の普及や社会全体の近代化が「メキシコ的」 死生観とどのように折り合いをつけているか考察した。

西日本研究部会

西日本部会は4月11日 (土) 午後1時30分~5時に約10名が出席して神戸大学国際協力研究科棟で実施された。最初に神代修・同志社大学名誉教授(非会員)が「シモン・ボリーバル論―軍人・政治家・思想家」 というタイトルで報告した。氏は昨年11月に 『シモン・ボリーバルーラテンアメリカ独立の父』 (行路社) を上梓し報告では同書の内容を要約しながらさらに理論的問題を加味してボリーバルの歴史的意義を軍人政治家思想家の三側面から分析した。なかでも、ボリーバルがヨーロッパの啓蒙思想を受容しつつもラテンアメリカに適した形態を模索した政治家であったことを力説した。さらにこうした発想がホセ・マルティの「われらのアメリカ」 などに引き継がれていった事実を指摘しそこに単に政治的独立を達成した英雄にとどまらない彼の意義があるとした。質疑応答ではベネズエラがスペイン領アメリカの独立運動の起点となった理由は何かをはじめとして、数多くの質問が提起された。
続いて笠原樹也会員 (神戸大学大学院博士課程) が 「民政移管過程における1979年ペルー憲法と軍民関係」と題して報告した。同会員は、民政移管後のペルーにおいて文民統制が十分に機能して来なかった一因を1979年憲法が国内秩序の統制や社会経済開発に関する権利を軍部に与えていた事実に求め、こうした規定が憲法に挿入される経緯を制憲議会の議事録を基に分析した。その結果文民のみからなる制憲議会において右派の政党も左派政党もともに多様な役割を期待する傾向があったことが看取されるとした。そして、この傾向は国家行政の脆弱性を補完する役割を軍部が伝統的に担ってきたことおよびその役割を文民も積極的に認めていたことに由来すると結論づけた。質疑応答では、軍が制憲議会に圧力をかけたことはなかったのかをはじめとして様々な質問が出され活発な議論が展開された。
(文責 松下 洋)