研究部会報告2005年第2回

東日本研究部会

2005年12月10日(土)午後1時半から6時まで、早稲田大学14号館1060会議室において、以下の発表が行われた。Bartra、Mraz両氏は非会員であるが、来日の機会を利用しての報告となった。参加者は15名。

上谷直克(アジア経済研究所)
「国家コーポラティズム(論)の呪縛?」

まず、H.ウィーアルダ編著『ラテンアメリカにおける権威主義とコーポラティズム―再訪―』を議論の出発点としつつ欧米諸国の「ネオ・コーポラティズム論」との対比でいうラテンアメリカ諸国の「コーポラティズム論」には、概して、①そもそも「コーポラティズム」の概念規定が非常に曖昧で、操作性に乏しく、②そのような概念に依拠した事例研究が、往々にして印象論的・主観的で、かつ、コーポラティズム=非民主主義的と単純に置き換えられるがゆえに「糾弾的」な記述にとどまりやすい、といったいくつかの重大な欠点があることを指摘した。そこで、近年のラテンアメリカ諸国で進む労働法制改革における国家-労組関係」のあり方を一例として取り上げ、これまで「コーポラティズム」と呼ばれてきたものを現代政治において客観的に捉えなおすには、①コーポラティズム概念の精緻化・差別化、②分析目的(着地点)の明確化、③分析方法やロジック(資料による説得的な類推)への意識、などが必要であることを再確認した。

大村香苗(お茶の水女子大学)
「マヌエル・ガミオと日本―『典型的』芸術産業の奨励を通して」

近代メキシコ先住民政策の立案者とされるマヌエル・ガミオが、1920年代末に行なった日本への訪問についてはほとんど知られていない。本報告では、1929年に第3回太平洋問題会議出席のために日本を訪れた際のガミオの足取り、および彼が帰国後執筆した諸論考を分析することで、彼の思想の特徴、とりわけその国民国家形成観について検討した。ガミオはメキシコヘの帰国後、日本における輸出用工芸生産の進展をメキシコの殖産化モデルの一つとみなし、日本の工芸職人とインディオとの共同工房の設置を提言する論文をいくつか残している。本報告では、このようなガミオによるメキシコ芸術産業の奨励が、対外的にはメキシコの「典型的なるもの(lo típico」を表象しつつ、国内ではそれを徐々に「国民的なるもの」へと収斂させるという二重構造から成る、彼の国民国家形成観の特徴を示していることについて述べた。

Eli Barta(Universidad Autónoma Metropolitana-Xochimilco)
“Pinceladas sobre Frida Kahlo”

(要旨省略)

John Mraz(Universidad Autónoma de Puebla)
“Looking for Mexico:Modern Visual Culture and National Identity”

(要旨省略)

上谷報告では労働法政改革をスコア化した各国比較をめぐって、スコア化の意味や根拠について質問が集中し、比較政治学的手法と地域研究的視点の違いを際立たせる議論となった。大村、バルトラ、ムラス各氏の報告は奇しくも「メキシコ的なるもの」という共通テーマを異なった角度から論じた。大村報告では芸術産業の主体とされるインディオの位置づけ、芸術産業の具体的提案、輸出品のエキゾティズムと実用性の両立可能性などについて質疑が行われた。バルトラ報告は、神話は創造と現実の所産であるとの前提にたち、フリーダ・カー口にまつわる神語について、なぜ、どのように神話が創造されたか、また何が虚構で何が現実であったかを、フリーダ自身の人となりと彼女に関するビジネスを視野にいれて分析した。フリーダは「メキシコ的なもの」を日常的にも絵画のモチーフにも熱心に用いたが、海外ではそれは民俗的なもの、エキゾテックなものとして捉えられ、フリーダはメヒカニダ信奉者であるという神話が創造された。ムラス報告は19世紀から現在までの写真・映画に表象された風景と先住民のイメージを中心に、ナショナル・アイデンティティの形成にどのように映像文化が寄与してきたのかを、映像作家の意思、国家やメデイアの利害という三者関係のなかで考察した。バルトラ、ムラス両氏の報告は映像を交えた興味深いものであったが、参加者が少なかったのが残念である。(畑恵子)

中部日本研究部会

12月10日(土)午後1時から5時、南山大学名古屋キャンパスJ-51教室にて開催。参加者12名。関東、関西からの参加もあった。部会での報告内容は、以下のとおり。

河邉真次(南山大学 博士課程)
「ペルー共和国における社会変化のメカニズム解明に関する―考察―プロテスタント諸派及びNGO等の外的影響を手がかりとして―」

カトリックが宗教勢力の大多数派を占めるラテンアメリカでは、19世紀後半以降プロテスタント諸派による福音伝道活動の「波」が押し寄せてきた結果、とりわけ多くの伝統杜会に見られる人々の宗教生活の景観が大きく変貌してきている。また、近年、アメリカ合衆国やヨーロッパに経済的基盤をもつ多くのNGOの支援活動が各地で展開されており、中でもプロテスタント諸派をはじめとする宗教団体を母体としたNGO団体は、伝統社会の「近代化」後に続く民衆の改宗を企図している。このように、ラテンアメリカの伝統杜会は現在、新たな外的影響にさらされているにもかかわらず、伝統杜会の内部変化の実態や、その変化のメカニズムを住民の側から明らかにする文化人類学的研究は極めて少ないのが現状である。本発表では、ペルー共和国を例にとり、プロテスタント諸派及びミッション系NGOの福音伝道活動とその戦略を整理・分析するとともに、部分的ではあるが、その影響の受け手である伝統社会側の変化の様相を考察した。

牛田千鶴(南山大学)
「米社会におけるラティーノの勢カ拡張と“イングリッシュ・プラス”政策―フロリダ州とニューメキシコ州の事例―」

米社会最大のマイノリティ集団となったラティーノは、高い出生率による自然増に移民の流入が拍車をかけ、米国のエスニック集団の中でも人口増加率が最も高い。「数の力」は政治・経済両面におけるラティーノの勢力拡張につながり、彼らの存在をめぐる「脅威論」や「共生論」が「文化」という視点から議論され行政に反映されてきている。その顕著な例が「言語政策」である。報告では、「英語単一主義運動」が拡がりを見せる全米の潮流に反し、言語的多様性を是とする「イングリッシュ・プラス政策」を掲げる二州―フロリダ州とニューメキシコ州―を採り上げ、その歴史的・社会的特質について明らかにするとともに、多民族・多文化杜会に求められる今後の課題について展望した。グローバル化時代における経済的関心から二言語運用能力の育成を是とするフロリダ州と、より文化的な関心からエスニック・アイデンティティを尊重し二言語・多文化政策を推し進めるニューメキシコ州におけるイングリッシュ・プラス政策が、今後全米の模範となるよう期待したいものである。

河邉氏には、予備調査と資料調べから本調査で注目すべき諸相と見通しを話していただいた。また、牛田氏からは、調査を終え、その結果を分析していくうえで出てくる諸問題について纏めてもらった。臨場感あふれる二人の発表に大いに刺激を与えられた。参加者から様々な意見が出され、予定されていた4時間があっという間に過ぎてしまった。(加藤隆浩)

西日本研究部会

2005年12月3日(土)午後2時から京都外国語大学ラテンアメリカ研究所にて、西日本研究部会が開催された。
小林報告は、1年前のこの研究会での報告「豊饒のサン・マルコス」を発展させてその儀礼の現在的意味を問うものであった。伝統的と考えられる宗教儀礼も社会の動向に対して可変的であるとの問題意織から主宰者による祈祷を分析して、その内容が農耕に関わること以外に土地紛争や政治問題、米国への移住など、かれらを取り巻く現実の状況が祝詞のなかに織り込まれていることを丹念に裏付けた発表で、大変興味深かった。
松久報告は、革命真只中の1916年に開催されたユカタン・フェミニズム会議をとりあげ、その内容と意義に言及した。女性教師の参加が多かったことからも女子教育、公教育に焦点が当てられ、教育における反教権主義と近代社会を担う人材としての女性の役割が強調されたとのことであり、女性参政権の是非、性教育の扱いなどこの会議の意義と限界が提示され、示唆に富む報告であった。
今回、関西の有志による「ラス・アメリカス研究会」との合同研究会となり、学会会員と合わせて16名が参加した。報告はいずれもテーマが絞り込まれており、活発で有意義な質疑が行われた。報告要旨は以下のとおりである。(辻豊治)

小林貴徳(神戸市外国語大学大学院)
「社会変容に伴う聖人の能カの多様化―メキシコ・ゲレロ山岳部トラパネカ社会におけるサン・マルコス崇拝の現在―」

メキシコ・ゲレロ山岳部トラパネカ社会における聖人崇拝と農耕儀礼を題材にした本報告では、地方農村における「伝統性と近代化」の相関性について論じた。分析対象としたのは、カトリックの守護聖人サン・マルコスを「気象神」と同定する聖人崇拝と、この「聖人=神」を祀る農耕儀礼である。この「伝統的」な宗教的実践は、現代の地方農村をとりまく劇的な「近代化」という潮流にあってどのような影響を受け、そのとき聖人は信奉者にとってどのような存在となるのだろうか。これが本報告の問題提起である。方法としては、説話・伝承に登場するサン・マルコスの属性を抽出し、観念的側面の整理をした。続いて、儀礼で朗唱される祈祷を読解し、現実にサン・マルコスがどのような神格として表現されているのか考察した。分析の結果、サン・マルコスは、伝承で語られる「天候を統御し、農作物を豊かにする」という固有の属性を保ちながらも、現代の先住民社会が抱える諾問題(移民や土地紛争など)を解決しうる能力を備えてきていることが明らかとなった。農村における経済基盤の変化や情報・知識の流通化などによって、住民が抱く不安や問題は日々多様化している。トラパネカ杜会のサン・マルコス崇拝は、「近代化」する現代において「伝統性」という過去からの連続性を保持しながら創り出される「伝統」の一形態といえる。

松久玲子(同志社大学)
「メキシコ革命期のユカタンにおける女子教育とフェミニズム会議」

ユカタン州で開催されたフェミニズム会議は、メキシコ初のフェミニズム会議として知られ、女性参政権獲得運動へと続く第1波フェミニズム運動を方向付けたことで知られている。しかし、この会議は、同時に、カトリック教会が支配していた社会規範を壊し、新しい女性像、新しいジェンダー規範を形成する方策として教育のあり方を討議する女子公教育会議という性格を有していた。フェミニズム会議は、メキシコの近代公教育をどのように構築すべきかを議論する全国初等教育会議、さらにベラクルス、タバスコ、ユカタン州などの各州で開催された一連の教育会議に連なるものであり、教育局から参加者に旅費と手当てが支給される公的な性格を持つ会議だった。
女子教育に関してみるならば、70%近い当時の非識字率の状況において、すべての女性が公教育を受けることが確認された。宗教と分離した公教育が支持を得、その方策が合理主義学校という枠細みで具体的に検討され、後に1917年憲法において公教育からのカトリック教会の排除へつながる方向が確定した。優生学的立場から、公教育における性教育への問題提起がガリンドの演説により喚起された。また、女子公教育の概念を形成する上でも重要な議論が展開された。フェミニズム会議は、公教育におけるジェンダー規範を形成する上で果たした役割も大きい。