研究部会報告2008年第1回
東日本研究部会
2008年3月15日午後1時から5時半まで、早稲田大学本部キャンパス14号館1046で開催。参加者は14名。4報告について活発に質疑応答が行われた。修士論文にもとづく林氏の発表では、エタノール生産の継続要因として発表者が生産者圧力を指摘したことに対する疑問や、内生的発展の資本調達、技術開発のあり方についての質問があった。博士論文(チリ・サンティアゴ大学提出)にもとづく中島会員の発表では、大学の役割はよく理解できたが、何がチリの国民文化を代表、象徴するのかという疑問が、参加者の一部に残ったようである。渡部会員の発表に対しては、政治団体と関係のなかで教会活動を位置づける必要性が指摘され、社会資本の視点から見た評価が問われた。浦部会員報告についてはメンチュウの敗因に関する質問などがあったが、国民にとって治安問題・暴力が最大の関心事であるとの指摘が印象的であった。以下、報告者自身による要旨である。 (畑恵子:早稲田大学)
「ブラジル産業の内生的発展―蔗糖・アルコール(エタノール)産業からの一考察―」
林瑞穂(上智大学大学院博士前期課程)
ブラジル産業の内生的発展を検証するため、カーネギー工科大学で経営学を指導していたアンゾフの「企業の成長ベクトル」を本論文の分析理論として活用した。これは、企業は技術と社会ニーズを軸に、成長戦略を選択することを示したものである。今回、企業の集合体である産業にも当該理論を当てはめ、技術の内生化により社会ニーズを満たす時点で内生的発展が見られると想定し、同国の「蔗糖・アルコール産業」をケースとして分析した。本論対象期間は、アルコール燃料の本格利用を導入した「国家アルコール計画」が制定された1975年から現在までとする。また、「蔗糖・アルコール産業」のアクターを、内国資本である生産者、外資である自動車産業界・そして同国政府の3者と定義した。これらのアクターが上述期間に如何に関与するか着目し、以上理論を軸に検証を試みた。
「国民文化と大学―国民文化の制度化の歴史・チリの例―」
中島さやか(明治学院大学非常勤講師)
ラテンアメリカの多くの国では20世紀を通じて国民文化の保護・育成に大学が大きな役割を果たしてきたが、中でもチリはその傾向が強い例であり、最盛期の1960年代から1973年のクーデターに至るまでの期間は、大学改革運動と一体となって大衆文化も含む大規模な文化運動が大学という機関を通して展開した。73年以降、国民文化の保護・育成に果たす大学の役割は相対化しつつあるが、今日でもその名残を残している。チリは、大学という機関の歴史を追うことで国民文化の制度化の歴史の多くを見ることができる数少ない例である。そこには、各時代のチリの社会的・文化的状況や、思想、世界情勢、学生運動の歴史も反映されており、文化史、大学史の分野に興味深い例を提供してくれる。ここでは19世紀以降のチリの大学のExtensión Universitariaの発達を中心に、チリの国民文化の制度化の歴史を紹介した。
「大ブエノスアイレス圏モレノ貧困地区における教会の社会活動」
渡辺奈々(早稲田大学大学院社会科学研究科博士課程)
1980年代末アルゼンチンでは、危機的な国家経済を回復させるべく、新自由主義経済を取り入れた。それによって労働の柔軟化が進み、インフォーマル・セクター拡大や恒常的失業という現象が見られた。大ブエノスアイレス圏では、多くの工場が閉鎖され、失業者が溢れかえり、ネオ・ポブレと呼ばれる中間層だった人々が首都から流入してきた。その中でも、モレノ地区は貧困で知られ、犯罪率も非常に高い。しかし、この地区は1960年代以降、カトリック社会運動の拠点となっており、最近ではペンテコステ派教会の拡大も著しい。本報告は、2006年から2007年に行った調査をもとに、モレノ貧困地区の成立や歴史に触れ、アルゼンチン社会に普及している組織体として、教会(カトリック、ペンテコステ、教会系コメドール、手芸サークル)がどのような活動をしているのかを紹介した。
「2007年グァテマラ大統領・国会議員選挙―米州機構(OAS)選挙監視団に参加して」
浦部浩之(獨協大学)
この選挙は、監視団を派遣した米州機構によれば、概ね公正に実施された。監視員の一人として現地に赴いた発表者自身も同様の感想を抱いている。今回の結果で注目すべきは、内戦終結以来、初めて中道左派政権が誕生したこと、また首都を制する候補が勝利するとの法則がついに崩れて地方票がコロンを勝利に導いたことである。登録有権者数と投票所数の増大はその一因となった。なおコロンはルラやバチェレに触発されていると述べている。対米関係も協調的なものとなろう。さて筆者が現場で強く印象付けられたことの一つは、大衆の関心が生活に直結する地方政治に集中していることである。これは市長選の有効投票率が大統領選・国会議員選のそれを上回っていること、市長選で独立系侯補が全国政党の推す侯補を圧倒している事例が多いことからも裏付けられる。政治闘争の場裏は政党政治ではなくパトロン=クライアント関係により律せられていることが窺える。
中部日本研究部会
2008年4月12日(土)14:00から17:30まで、名古屋大学国際開発研究科8階第1会議室で、中部日本部会研究会が開催された。研究報告は4名で、参加者は20名であった。中部日本部会研究会は、春と秋の年2回毎回盛況の内に、研究交流を進めてきた。運営委員の小池康弘(愛知県立大学)、西村秀人(名古屋大学)の強力な協カがあったことを記して、2008年度に引き継ぎたい。さて、今回の報告は、1.メキシコ北部国境地域の発展と新たな地域間格差(野内) 2.キューバの人間開発指数に関する批判的考察(灘) 3.メキシコ・テオティワカンにおける社会階層の考察―衣装・装飾品が描かれた壁画の分析― (佐藤) 4.古代計画都市テオテイワカンの象徴する世界観(杉山)である。1と2の報告は数量データを使って仮説の検証を行っている。3と4の報告は杉山代表の指揮下のテオテイワカン遺跡の発掘に基づくものである。4つの報告の詳細は以下の通りである。(南山大学:浅香幸枝)
「メキシコ北部国境地域の発展と新たな地域格差」
野内遊(名古屋大学大学院国際開発研究科博士後記課程)
メキシコ北部国境地域は、メキシコ有数の工業地帯であり、また豊かな地域である。本発表では、このメキシコ北部国境地域の発展が、メキシコ社会に与えた影響を人の移動という観点から考察をおこなった。一般的に、メキシコ社会は、豊かな北部地域と貧しい南部地域という構図でとらえられることが多い。しかし、本発表における分析によると、北部国境地域の発展は、南部地域からの人の移動にそれほど影響を与えていない。南部地域よりも、むしろ、それほど貧しい地域ではない北部非国境地域の方が、北部国境地域の発展の影響を受けていた。非常に多くの人々が、北部非国境地域から北部国境地域へと移住しているのである。このことは、単に北部国境地域の発展のインパクトの大きさを示しているだけでなく、北部国境地域の発展によって、新たな地域間格差がメキシコ社会において生まれていることを端的に示しているといえる。
「キューバの人間開発指数に関する批判的考察」
灘久美子(日本国際協力センター)
国連開発計画は毎年、『人間開発報告書』の中で、世界各国の人間開発の現状や課題を扱うとともに、各国の人間開発状況に指数をつけ、順位化した「人間開発指数(HDI)」を掲載している。キューバは、このHDIにおいて、多くのラ米諸国より秀でている。医療、教育といった社会サービスの充実がその理由であり、さらに、キューバは、一人当たりGDPの順位に対するHDI順位の高さの差が、最も大きな国として、評価されている。今回、実際にこのキューバの人間開発に対する評価は正しいのか、批判的な考察を行った。第一に、利用されているGTPのデータの正当性を検証した。第二に、教育・医療指標に表れてこない教育・医療サービスの「質」の問題から、批判的な考察を行った。最後に、人間開発の概念の重要な要素とされている、自由、参加人権、グッド・ガバナンス、ケイパビリテイ等の問題から、指数化されない人間開発の問題について考察した。
「メキシコ・テオティワカンにおける社会階層の考察―衣装・装飾品が描かれた壁画の分析―」
佐藤朋恵(愛知県立大学大学院国際文化研究科博士前期課程修了生)
メキシコ・テオティワカン遺跡では、壁画が多数発見されている。描かれた人物には名前の描かれた個人がみられず、文字情報から人物の特定をすることができない。このことから、身につけているものの差は階級差であると考え、人物が身につけている衣装・装飾品から人物の特定ができないか、考察を行た。各装飾品のモチーフごとに人物を並べたところ、ある一定のパターンがみられ、この装飾品の組み合わせが社会の中で何らかの身分・地位を示していること、また壁画が出土した地区のみでみられるモチーフは、その地区の象徴であること、同じモチーフでも様々に種類があるものは、個人の紋章と考えた。こうした様々な意味を持つモチーフの組み合わせで、一人の人物の属性や階層を示していると考えられる。
「古代計画都市テオティワカンの象徴する 世界観」
杉山三郎(愛知県立大学)
メソアメリカは、時の概念に取付かれた民族の文明とよく言われる。時間への並々ならぬ関心は複雑な暦のシステムと、それに組み込まれた儀式の違続によって特徴づけられる。そのユニークな世界観は宗教建造物、計画都市の配置、当時の生活空間や図像、また墓の構造や副葬品にも表されていたと考古学資料は語る。テオティワカンは中央大通りと三大モニュメント建築群を中心に計画されたが、長さの単位研究に基づくモニュメント間の空間分析は、ビラミッドや都市全体が時(暦)の概念・天体の運行を表し、メソアメリカ特有な世界観を具現することを示している。体を基準とした83c㎜という単位を使い、初期モニュメントの寸法や、それらと都市中心軸との距離などに52,173.3(日食周期)、260(宗教暦数)、360(長期暦・太陽暦)、584(金星暦)、2920などの聖数が組み込まれていたことを・正確な3次元測量図から実証する試みを紹介した。
西日本研究部会
2008年4月19日、京都大学地域研究統合情報センターにおいて実施された。参加者は5名と少数であったが、報告がいずれも焦点、視角ないし論旨が明快で、テーマそのものに加え、関連した争点についての議論も深められれ舟木報告は、モラレス現大統領の中央政界進出への1つの大きな要因となった1994年のボリビアの「大衆参加法」の制定過程を主要アクターの意図から読み解き、当時のサンチェス大統領と同法制定を推進した側近との間で・パス前政権下で試みられた県レベルでの分権化を進めた勢力に対抗する形で「大衆参加法」を制定する合意が成立した点を分析した。サンチェス政権が行った「第二世代改革」や選挙結果に見られる政党地図の変化との関連などについて質疑と議論が展開した。次の中王子報告は、チリで実施した行方不明者の家族に対するインタビューに基づき、残された者にとっての救済の意味を考えるとともに、アルゼンチンと比較しつつバチェレ政権下でも真相究明が極めて不十分である状況の背景に教会の姿勢の違いが存在することを指摘した。軍政期の人権侵害の状況やペルーなどとの比較に議論が及んだ。最後の浜口報告は、海外市場向け半製品に特化する企業、国内鋼板市場への供給を強化する企業、海外市場を目指す電炉メーカーの、ブラジル鉄鋼業界を代表する3つの企業グループのダイナミックな事業展開を紹介し、豊當な資源拡大する国内市場、世界的な鉄鋼需要の高まりといった要因により同国の鉄鋼業が活況を呈している現状を紹介した。今後の展開の方向性とともに、日本企業との関わりについてなどが議論となった。以下は、発表者による事前の発表要旨である。(村上勇介:京都大学)
「ボリビアにおける中央からの地方分権改革―1994年『大衆参加法』成立をめぐって」
舟木律子(神戸大学国際協カ研究科博士課程)
報告は「大衆参加法」をめぐる大統領と政策ブレーンの意図は何であったのかを明らかにした。大統領の意図は運邦主義を打破することにあり・政策ブレーンの意図は、自治体強化、佳民参加促進であった。県レベルの分権化に反対するという点で大統領と政策ブレーンの利害は一致し、トップダウン式の意思決定プロセスを経た住民参加型自治体改革が実現したのである。
「オフィシャル・ストーリーと文化的真正―ピノチェト軍政とその後―」
中王子聖(京都大学大学院人間・環携学研究科研究員)
2006年に誕生したバチェレ政権は、「過去の清算」を掲げていた。だが、期待は裏切られた。近年のチリの不安定化要因のひとつはこの政権の無気カさと、嘘にある。発表では、これらについて特に文化面から述べる。
「ブラジル鉄鋼産業の競争戦略」
浜口伸明(神戸大学経済経営研究所)
好調な自動車産業や建設部門による内需拡大と、原油価格が高騰して鉄鉱石の国際輸送費が上昇する環境の下で、ブラジル鉄鋼業で活発化する新規設備投資や外資による買収、鉱山事業との垂直統合などの企業戦賂を通してブラジル経済の現状を考察する。