研究部会報告2008年第2回

東日本研究部会

2008年12月20日13時から17時20分まで、上智大学四谷キャンパスで開催。3名の報告者を含む14名の参加者の間で活発な議論が展開された。
齋藤報告は現地調査に基づく具体的なもので興味深かった。今後は出席者からの質問(たとえば、慣習に関する住民の共通理解の有無、外部からの人の流入の影響)もふまえ、個別事例の記述にとどまらない地域研究としての位置づけも考えながら研究を発展させてほしい。千代報告も現地での長期滞在に基づく知見が巧みに整理されたものだった。コカ対策の効果及び矛盾を地域社会の個別の状況に応じて分析していくことの重要性を痛感させられた。さらなる研究の発展を期待したい。吉川報告は報告者自身が深く関与した劇団招聘の経緯を紹介したものであった。演劇のもつ意味、それを日本に招くことの意義と困難を論じた迫力ある報告で、研究と実践を融合させつつ計画を成功に導いたことに魅力を感じた。以下は報告者自身による要旨である。(浦部浩之:獨協大学)

「メキシコ、オアハカ州の先住民居住地における集会―慣習による政治と住民の参加―」
齋藤亜子(上智大学イベロアメリカ研究所準所員)

メキシコ、オアハカ州の市町村の多くでは慣習(usos y costumbres)による政治が行われている。usos y costumbresは伝統的な生活習慣の総称で、主に先住民が多く居住する市町村でみられるものである。これらの市町村ではカルゴ・システムと呼ばれる行政・宗教組織が市町村議会の役目を果たしており、市町村選挙も慣習による方法で行われている。また慣習の中にはテキオと呼ばれる公共労役制度やコオペラシオンと呼ばれる共同拠出金の制度によって住民が市町村の財資源の一部を補う仕組みがある。このような市町村の一つであるテオティトラン・デル・バジェでは物事を住民の同意を得たうえで決めている。本報告では、テオティトラン・デル・バジェで行われた行政運営に関する集会の例を挙げ、住民の意見が重視される理由としてカルゴ・システムによる村議会の在り方やテキオやコオペラシオンを通じての住民の協力があることを示した。

「コカの代替開発プロセスにおける諸問題―コロンビア・ボリバル県南部の事例を中心に」
千代勇一(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程)

コロンビアでは1970年代に麻薬コカインの生産が始まり、80年代のコカイン・カルテルの隆盛を経て、90年代には原料となるコカ植物の栽培面積が急増した。これに対して政府は、除草剤などによるコカの駆除を進めるとともに、コカ栽培農民にコカに代わる生産手段の提供を模索してきた。本発表では、コカ栽培の変遷と政府の対策を概観したのち、現地調査の結果をふまえて、地域社会に対する代替開発のインパクトについて報告した。国内有数のコカ栽培地であるボリバル県南部において、政府はプロジェクトを成功させるために、経済発展のポテンシャルのある地域にのみ代替開発プロジェクトを導入し、非合法武装組織が存在し開発が困難な地域には除草剤の空中散布だけを行っている。このため、コカ栽培地域は開発の都合によって二分され、除草剤の散布だけが実施されている地域では、生産手段を失った農民が国内避難民となる状況が生じていることを指摘した。

「コロンビア演劇人来日を振り返って―市民グループによる文化交流事業の成果を考える―」
吉川恵美子(昭和女子大学)

2008年10月、南米コロンビアから二人の演劇人が来日した。劇団「テアトロ・ラ・カンデラリア」の演出家であるサンティアゴ・ガルシア氏と、コロンビア演劇同業者協会CCTの代表を務めるパトリシア・アリサ氏である。来日事業に大きく係わったある市民グループの輪郭を紹介し、来日プログラムの内容について報告した。コロンビアから劇団を招聘しようとする企画が立ち上がったのは2006年春であった。世田谷パブリックシアターの演劇ワークショップの場で偶然出会った演劇関係者と研究者が集まり、ラテンアメリカ演劇研究の会が発足した。さらに、劇団招聘企画が誕生した。2008年には上記二名の来日を実現させ、さらに2010年の劇団来日が視野に入ってきている。ラテンアメリカ演劇に対する関心の裾野を広げることを主眼に置く市民グループの活動の意義は大きいが、ボランティアという性格と責任ある活動の刷り合わせが今後の課題となる。

中部日本研究部会

2008年12月13日(土)14:00から17:00まで、中部大学名古屋キャンパス5階、501講義室において、中部日本部会研究会が開催された。研究報告は2名で、参加者は7名であった。当日はラテンアメリカ関連のシンポジウムや研究会が重なったこともあり、参加者は少なかったものの、2件の報告は比較的近いテーマだったため、非常に内容の濃い、有意義な議論ができたと思う。
今回の報告は、いずれも植民地期のメキシコを中心に研究を進めてきた報告者が、これまでの研究成果をベースにして、それぞれ新たな展開を模索しようとした意欲的な発表であったといえる。「Eduardo Tamariz作品に見るネオ・ムデハル様式―メキシコプエブラ市の事例―」と題した金澤報告では、19世紀後半以降のメキシコで展開した歴史主義運動のひとつの表現としての、プエブラ市におけるネオ・ムデハル様式建築の採用を、エドゥアルド・タマーリスというひとりの建築家の作品に注目して考察しようとしたものである。また、「メキシコの「聖フェリーぺ・デ・へスス崇拝」近年の動向 ミチョアカン州の事例から」と題した川田報告は、現在もメキシコで細々と続けられている聖フェリーぺ・デ・へススへの崇拝の現状を、ミチョアカン州でのフィールド調査の結果を通して紹介したものである。
いずれの報告も、端緒についたばかりの研究であり、今後さらなる文献調査やフィールド調査を通して明らかにしてゆくべき課題を、今回の議論のなかで明確にできたことは、報告者にとっても非常に有益であったものと思う。以下は報告者自身による発表要旨である。(杓谷茂樹:中部大学)

「Eduardo Tamariz作品に見るネオ・ムデハル様式―メキシコプエブラ市の事例―」
金澤雅子(中部大学大学院国際人間学研究科博士後期課程)

19世紀半ば、スペインでは古典主義脱却を目指して歴史主義運動と独自の国民建築の探究が勢いを増した。歴史主義運動によって中世を振り返ったスペインは、イスラーム文化の混入こそが自国の独自性であることを認識していく。1844年、合理主義と歴史主義を理念としたマドリッド建築学校が新設された。歴史主義追及の過程で、この学校がネオ・ムデハル建築様式を誕生させることとなった。メキシコでも19世紀後半から歴史主義建築が導入されていく中で、プエブラ市では公的施設をはじめ、個人邸宅へとネオ・ムデハル様式が採用された。これほどの広がりを見せたのはメキシコ国内でも同市だけである。
本発表では、2008年1月に同市でおこなった現地調査をもとに、ネオ・ムデハル様式の広がりとプエブラ市建設の歴史との関係を探る第一歩として、同様式をメキシコに導入した第一人者である建築家エドゥアルド・タマーリスの生涯と主な作品6点を紹介した。

「メキシコの「聖フェリーぺ・デ・ヘスス崇拝」近年の動向―ミチョアカン州の事例から」
川田玲子(名古屋短期大学非常勤講師)

メキシコ・ミチョアカン州における「聖フェリーぺ・デ・ヘスス崇拝の現状」に関する報告である。2007年夏及び2008年春・夏に同州北部の11市町村でフィールド調査をした結果、フェリーぺ像が祀られている教会堂がこれまでに18程確認された。そのうち半数は、比較的新しい教会堂で、聖フェリーぺ・デ・ヘススの名を冠している。また現地関係者とのインタビューから、同聖人の祝日にあたる2月5日には、地域の人々が協力し合って宗教行列を出すなど大掛かりな祝祭行事をおこなっていることがわかってきた。その他、願掛けをし、その願いがかなったときにお礼に奉納される“Milagros”がいくつか掛けられているフェリーぺ像があることも判明した。
引き続き調査をおこない、17世紀に始まり、独立後下火となっていた聖フェリーぺ・デ・ヘスス崇拝が、これらの地域で近年になって始まった理由、その社会的役割を把握し、崇拝の新しい一面を考察していきたい。

西日本研究部会

2009年1月10日、午後1時半から5時半にかけて、神戸大学大学院国際協力研究科において開催された。3名の報告者と16名の参加者の間では、分野および対象国が異なる発表をめぐり活発な議論・質疑応答が行われた。最初の真鍋報告は、ペルー・シエラ南部プーノ県における社会経済的変化を、南米ラクダ科家畜をめぐる諸問題に焦点をあてて論じた。現在と過去のプーノ県の社会・産業構造比較、および農地改革や土地所有構造といった歴史的環境の変遷が紹介された後、収入の不安定性や貧困といった、アルパカ毛生産者の規模、品質評価の方法、仲買人の出自・役割等について質疑応答が行われた。また、同地域におけるラバの希少価値についての新たな研究成果報告に対して、多くの参加者から関心が寄せられた。次の住田報告は、詳細な一時資料に基づいて、2002年に誕生したルーラ政権に見られる「秩序と進歩vs.社会正義」の構図についての分析を行った。具体的に、1930年のヴァルガス革命以降、実証主義に依拠する「秩序と進歩」の道を歩んできたブラジルでは、カルドーゾ、ルーラ以降、「社会正義」の実現が重要視されるようになったが、社会改革の成果は不十分である点が指摘された。2002年と2006年の大統領選挙における選挙キャンペーン比較、油田やエタノール等の資源戦略、ルーラ政権の大衆動員戦略等、ルーラ政権下の政治経済体制についての質疑応答が繰り広げられた。最後の岡部報告は、1994年末に発生したメキシコのペソ危機後の金融再建が、政府主導で行われつつも外国銀行の大幅参入を認めるという方法で行われたことについて、この政策選択は1950年代末に成立した「政府吸収型金融システム」の特徴によって経路依存的に決定されたことを、タイ、韓国の事例との対比で論じた。比較歴史分析の手法を用いた報告に対して、危機後の金融再建のあり方は、危機発生時における金融機関のバランスシート状況によっても左右されるのではないか、新自由主義経済改革という大きな流れの中で他の選択肢がなかったと考えられるのではないか、等の掘り下げた議論が展開された。以下は各発表者から提出された要旨である。(高橋百合子:神戸大学)

「ペルー・シエラ南部プーノ県の社会経済的変化の研究―南米ラクダ科家畜をめぐる諸問題を中心に―」
真鍋周三(兵庫県立大学経済学部)

現在のプーノ県を代表する獣毛産業の実情を植民地時代などとも比較しながら、南米ラクダ科家畜とくにアルパカの毛の生産と市場への供給をめぐって、毛の生産者であるシエラ農民がおかれている状況を考察した。

「ルーラ政権のブラジル―秩序と進歩vs.社会正義」
住田育法(京都外国語大学外国語学部)

1930年以降ブラジルは、工業国として「秩序と進歩」の道を歩んできた。やがて1988年公布の民主憲法の下で、庶民派の大統領カルドーゾやルーラが登場する。このルーラ政権の「秩序と進歩」vs.「社会正義」の構図を考える。

「ペソ危機後のメキシコ金融再建―韓国、タイとの比較歴史分析」
岡部恭宜(東京大学社会科学研究所)

本研究は、メキシコのペソ危機後の金融再建が、政府主導で行われつつも外国銀行の大幅参入を認めたことについて、経路依存性アプローチおよび韓国やタイとの比較の観点から、その歴史的、政治的な起源を分析する。