研究部会報告2009年第2回

東日本研究部会

2009年12月19日14時から17時30分まで、早稲田大学早稲田キャンパスで開催。3名の報告者を含む13名の参加者の間で活発な議論が展開された。
今回の発表はいずれも各報告者が継続的に行ってきた現地調査に基づく中身の濃い研究であった。村瀬報告はチリにおける小規模農家の発展を実証的に論じたものである。会場からはラズベリー以外の作物にも応用可能かとの趣旨の質問があったが、今後もラズベリー生産の推移を追跡し、他の地域や他の作物に対しても示唆を与えるような研究に発展させてもらえればと思う。ストリート・チルドレンに関する報告を重ねている小松会員の今回の報告は、複数のストリート・チルドレン集団を出入りする個人を媒介として集団間のネットワークが構成されていることを説明したものであった。基本的事柄を毎回の発表で繰り返す必要はないので、中心的な題材についての説明に力点をおき、また個々の発表が自分の研究全体の中でどういう位置付けをもつのかを明確に提示してくれればよいのではないかと思う。杉田報告はエクアドルの1人の青年リーダーの行動を追跡している点で興味深い内容であった。会場からの指摘にもあったとおり、多文化主義や信頼社会といった用語の概念なり定義なりを明確にすれば、研究対象とされている共同体、さらにはエクアドルが直面している問題がより明瞭になるように思えた。以下は報告者自身による要旨である。(浦部浩之:獨協大学)

「チリの非伝統的農産物輸出拡大過程における小規模農家像の再考察―中南部ラズベリー生産農家の事例から―」
村瀬幸代(上智大学イベロアメリカ研究所準所員)

本報告では、チリの非伝統的農産物輸出の一例として、小規模農家の輸出チェーンへの参入が注目を集めてきたラズベリー輸出の事例を取り上げ、その参入を促してきた要因および参入の持続性について、2009年2~3月に実施した現地調査の成果を踏まえた考察を行った。ラズベリーが経済的・技術的に参入障壁の低い作物であったことや、1990年代に公的支援が拡大したことなど、農家を取り巻く所与の条件が変化したことに加え、家族労働の利用による労働力コストの節約をひとつの強みに、企業を介した市場との結びつき・政策支援利用による政府との結びつき・農家同士の水平的な連携など、小農が多角化したチャンネルを通して競争力の維持・向上に取り組んできたことが明らかとなった。そういった小農の主体的側面からは、農業生産者としての存続がしばしば悲観視されてきた小農について、新たな発展可能性を見出すことができる。

「メキシコ市におけるストリート・チルドレン集団のネットワーク」
小松仁美(淑徳大学・院生)

メキシコ合衆国首都DFにおいて、ストリート・チルドレンが社会問題化して60年以上が経過する。親からの保護を必要とする子どもたちは路上において生き抜く上で、集団を形成し、身を寄せあい、助け合って生きてきた。子どもたちの数の増加およびドラッグの蔓延などに伴う生活環境の悪化により、今日ではストリート・チルドレンは集団を形成するのみならず、複数の集団間において緩やかなネットワークを築き上げている。このネットワーク内においては他の集団の構成員に関する情報交換が行われており、子どもたちはネットワーク内のどの集団にも出入りが自由に行え、たとえある集団から出ざるを得なくなっても他の集団に即座に入ることができ、安全が確保できるようになっている。本部会においては、2001年より行ってきた参与観察と聴き取り調査に基づき、この集団間のネットワークの全体像を集団の構成員の役割に注目しながら、報告した。

「バストン・デ・マンドを渡さなかった男―エクアドル、シエラノルテの共同体に見る多文化国家に向けての挑戦―」
杉田優子(東京大学・院生)

報告者は2008年よりビニシオ・キロという青年への継続的なインタビューと、調査を行ってきた。ビニシオ・キロはエクアドルのカヤンベ郡にあるコムニダ、ラ・チンバで活動する青年リーダーである。彼は高校進学をきっかけとして地域を出て行ったが、家庭の事情によって2002年に再び戻り、コムニダで人々のよき生活(buen vivir)を取り戻すために悪戦苦闘してきた。2009年の8月に、コレア大統領就任に関連する儀式がカヤンベで行われ、彼はバストン・デ・マンド(権力のバトン)の受け渡しを依頼され、断った。本報告は、エクアドルの政治、社会的背景から彼の闘いの過程を捉え直そうとするものである。この作業を通して、エクアドルの多文化国家としての現状を一つの地域の視点から分析し、そこに住む人々の「先住民性」の再主張と「経済発展への先進技術」の利用あるいは「民主主
義」の模索という、異種混淆的な取り組みに、地域の発展の一つの可能性を見出した。

中部日本研究部会

2009年12月12日(土)13:00から17:00まで、中部大学名古屋キャンパス6階、601講義室にて、中部日本部会研究会が開催された。研究報告は4名で、参加者は11名であった。4件の報告はいずれもホットな話題を扱ったもので、そのうち2件は歴史学、人類学系、あとの2件は政治学系の報告であった。
河邊報告はメキシコのワステカ地方で死者の日に踊られる「Viejosの踊り」に関する最新の調査結果の中から、観光客のまなざしが「伝統」の再創造と地域住民のアイデンティティ強化を促している状況を紹介したものである。川田報告はメキシコのミチョアカン州プルアラン村で計画されている「独立200年記念2010」のための活動に関する調査をきっかけとして、「反乱軍が掲げた旗」という視点からメキシコ独立運動を見直そうとしたものである。田中報告は2009年11月に実施されたホンジュラス大統領選挙を、選挙監視員として現地で観察してきた最新の情報とともに、その結果を巡ってラテンアメリカ諸国が親米・反米に仕分けられてゆく状況を解説したものである。富田報告は2009年にメキシコで発生したとされる新型インフルエンザの初期の感染拡大のあり方を、「自由貿易」、「政治的・市民的自由度」、「経済発展」という観点から分析したものである。
今回の報告はいずれも最新の調査をもとにした報告であったため、研究としては今後のさらなる発展が期待されるものの、部会全体としてはバランスのとれた、内容の濃い有意義な議論ができたと思う。以下は報告者自身による発表要旨である。(杓谷茂樹:中部大学)

「『伝統』の見せ方と民衆的実践の現状―メキシコ・ワステカ地方のXantoloを手掛かりとして―」
河邊真次(南山大学ラテンアメリカ研究センター非常勤研究員)

本報告では、イダルゴ州ワステカ地方の死者の日(Xantolo)に焦点を当て、当該地方の「伝統」とされる民族舞踊集団Viejosに関して、従来の民族誌等に見られる踊りのプロセスおよびその社会的意味の通時性と変化の様態を分析した。また、新たな視座として、祝祭に馳せ参じる観光客の「まなざし」を考慮に入れ、とりわけ都市部と村落との間での踊りの実践の違いと、観光客に向けた地域住民の「伝統」の演じ方について考察した。当該地方では、市当局が企画するXantoloイベントの中に、より「伝統的なもの」を追求するための仕掛けが織り込まれる一方で、イベントに参画する地域住民もまた、観光客との出会いの場でより「伝統的なもの」を再創造することに熱意を注いでおり、そこには両者の「共犯関係」が見出される。他方、地域住民にとっては、これらのイベントが自らのアイデンティティを強化する機会にもなっており、その意味で、観光客の「まなざし」が、当該地方の祝祭実践に大きく影響しているといえるのである。

「「反乱軍が掲げた旗」から見えるメキシコの独立運動」
川田玲子(名古屋短期大学非常勤講師)

本報告の主要テーマである「反乱軍が掲げた旗」の調査は、メキシコ「独立運動の歴史」考察の手がかりとして始めたものである。本報告では、調査のきっかけとなった出来事、ミチョアカン州プルアラン村の「独立200年記念2010」のための活動を紹介するとともに、近年の研究動向に触れることとした。研究動向では、INHA所属の研究員マルタ・テランとミチョアカン州立大学のモイセス・グスマンの研究―独立運動前半(1810年から1815年まで)に掲げられた反乱軍の旗に関する―を中心に話を進めた。報告の要点を「反乱軍旗の図柄の変遷」と「旗から見えるメキシコ独立運動の特性」という二点に絞り、最初に、各旗が考案された時期あるいは考案直接関係者などに関する新事実、次に、メキシコの独立運動におけるカトリック性について言及した。最後に、メキシコ独立運動の歴史に関する更なる研究の必要性を示唆した。

「ホンジュラス大統領選挙(2009年11月29日実施予定)選挙監視員現地報告」
田中 高(中部大学)

09年6月28日、現職の大統領が軍により強制国外追放されたホンジュラスで、予定通り総選挙が実施された。その結果国民党(PN)のポルフィリオ・ロボ・ソサが次期大統領に選出された。筆者が現地で見た範囲(首都テグシガルパ近郊に限定されるが)では、選挙自体は平穏に終わった。また投票率も前回(05年)よりも5%程度は増加している。新政権を承認するかどうか、国際社会、特にラテンアメリカの反米左派政権と親米政権との間で対立している。ベネズエラとブラジルが、選挙そのものの合法性を認めず、ロボ政権の発足に強硬に反対し、コスタリカ、コロンビア、メキシコなどは承認する予定である。今回の「クーデター」と選挙後の一連の動きは図らずも、ラテンアメリカの親米、反米政権の仕分けをする機会となった。セラヤ前大統領の去就も含めて、これからの動きに注目したい。なお必読の参考文献として林和宏「ホンジュラス・「クーデター」」『ラテンアメリカ・レポート』第26巻、第2号、2009年がある。

「政治経済的側面から見た新型インフルエンザの感染拡大」
富田 与(四日市大学)

米国の歴史学者クロスビーによるスパニッシュ・インフルエンザの研究を手がかりに、「自由貿易」、「政治的・市民的自由度」、「経済発展」と感染確認国の拡大と関係をフェーズ6以前の状況について検討した。最初はメキシコからの感染流出が多く、メキシコとFTAを締結した国で感染が広がった。その後米国からの感染流出が増加したが、ここではFTAとの関係は希薄であった。自由度については、比較的自由でない国で発生した後、まず比較的自由な国々で感染が広がり、その後比較的自由ではない国々に拡大した。経済開発については、上中所得国で発生した後、まず高所得国で感染が広がり、次第に上中所得国、下中所得国や低所得国に拡大した。ラテンアメリカ地域への拡大は「比較的自由ではない国への感染拡大」、「上中所得国および下中所得国への感染拡大」の時期と重なった。

西日本研究部会

2010年1月30日(土)、京都大学地域研究統合情報センターにおいて開催された。4名の報告者と12名の参加者の間では、活発な議論・質疑応答が行われた。今回は、報告対象地域がブラジル、メキシコ、ホンジュラス、ペルーと多様性に富んでいたことに加え、歴史、政治、文化、および現状分析を含む多方面からのアプローチによる研究成果が報告され、ラテンアメリカ地域研究ならではの学際色が強い、有意義な研究会となった。
最初の高橋報告は、ブラジルのヴァルガス政権は、1937年に発足した「新国家」体制の下、異人種間の融合・統合を表象するものとしてサンバを利用し、ブラジル国内および対外的にナショナル・アイデンティティを誇示することを試みた点を説明した。サンバという大衆音楽を通してヴァルガスの国民統合政策を読み解く意欲的な研究成果には、多数の質問が寄せられた。「民族」と「国民」という厳密には異なる2つの概念の整合性、「異人種の混淆」の評価、現代のサンバとの違い、サンバに対する検閲の詳細について、掘り下げた議論が展開された。
次の森口報告は、メキシコのカルデナス大統領が行った近代化改革は支持を得た一方で、彼の至上命題であった国民統合に成功しなかった一因を、社会主義教育政策を事例に説明した。具体的に、カルデナスの唱える「社会主義」が曖昧なまま、教育現場への実践に移されたことが、ナショナリズム・アイデンティティーの普及を妨げたことが強調された。同報告が提示する、やや挑戦的な命題には多方面からの質問およびコメントが提示された。国民統合の失敗とする捉え方の妥当性、バスコンセロスの思想とカルデナスの理念との関連性、カルデナスの教育政策はそれまでカトリック教会が有していた力を排除する近代化の試みと解釈すべきでは、等の論点が示され、今後の課題として指摘された。
続く林報告では、昨年に国際社会の耳目を集めたホンジュラスのクーデターの背景説明、および新政権の抱える課題が提示された。セラヤ前大統領の急進化の要因、セラヤによる憲法制定議会召集が支持を得られなかった理由、および2009年6月28日クーデター後の国際社会の反応について、当時の専門調査員という立場からの独自の視点で踏み込んだ分析が紹介された。石油収入に支えられたベネズエラのチャべス政権とは異なり、バラマキに必要な資金が不足しているため、セラヤは政治的支持を得られず、クーデターにより失脚することに至ったとの解釈、および2008年予備選挙の選挙監視にかかわった米州機構(OAS)が、域内各国の大半が不承認の立場を堅持した2009年11月総選挙プロセスでいかなる立場を見せたか等について、活発な質疑応答がなされた。
最後の真鍋報告では、ペルーの中央セルバにおける無秩序・貧困問題についての歴史的考察が紹介された。歴代政権は、セルバ地域の社会経済問題の解決に積極的に関与してきたとは言いがたく、また研究も少ないが、同地域に見られる深刻な貧困問題こそが、ゲリラの勢力拡大、ひいては日本大使公邸占拠事件の重要な背景として認識されるべきである、との主張が展開された。ペルーにおける先住民問題考察の留意点、中央セルバの原住民とその社会に関する特徴、そして1940年代以降の政治的急進化、農地改革の成果の歴史が紹介された。コカ栽培と反政府武装集団の拡大の関係、農地改革の評価、先住民アシャニンカの組織化の動き、「無秩序と貧困」の直接的要因について、活発な議論が行われた。
以下は各発表者から提出された要旨である。 (高橋百合子:神戸大学)

「ヴァルガス政権とサンバ―音楽を利用したナショナル・アイデンティティ形成」
高橋亮太(京都外国語大学大学院博士前期課程)

政治史の観点から、近代国家ブラジルの形成過程に国民音楽が果たした役割について考察する。ヴァルガス期以前は周縁的な存在であったサンバが、ナショナル・アイデンティティを表象するに至った経緯を検証したい。

「カルデナスの社会主義教育に見るメキシコ革命のナショナリズム」
森口 舞(神戸大学大学院博士後期課程)

革命後のメキシコ社会の統合を目指していたカルデナス大統領だが、彼のナショナリズム・イデオロギーは、国民の共感を得ることはできなかった。教育政策に注目し、キューバの事例との比較を参考にしながらその背景を考察する。

「ホンジュラス・『クーデター』:事態の背景と進捗状況」
林 和宏(愛知県立大学客員研究員)

昨年6月末にホンジュラスで発生したクーデターの経緯及び原因につき分析した。セラヤ大統領の目指した新憲法制定は、後の暫定大統領・ミチェレティ国会議長、司法等との対立の契機となり、クーデターの主因となる。

「ペルー・中央セルバの無秩序・貧困問題の歴史的考察」
真鍋周三(兵庫県立大学)

本報告では、ペルー・中央セルバの歴史研究の重要性を指摘したい。セルバにおける原住民系の人々をとりまく社会環境の悪化、とくに無秩序・貧困問題について、先スペイン期からアシャニンカを主とする人々の居住空間であった中央セルバ地域に焦点をあてて歴史的観点から述べる。