研究部会報告2011年第1回

東日本研究部会

2011年4月2日東京大学駒場キャンパス18号館コラボレーションルーム3において、開催。修士論文、博士論文の成果報告ほか6本の報告が行われた。分野は、文学、人類学、歴史学、言語学、社会学など多岐に渡った。はからずもチアパスを研究フィールドとする発表が3本集まり、チアパス研究歴30年の会員の聴衆としての参加も得た。他地域の発表ともども、活発な議論が展開された。参加者19名(発表者を含む)。以下は担当委員による評である。(部会コーディネーター・報告文責:石橋 純)

「死から孤独へ―ガブリエル・ガルシア=マルケスの小説作品にみる死のオブセッションからの解
放」
見田悠子(東京大学大学院)

東京大学大学院に提出された修士論文を基にした本発表で見田会員は、ガルシア=マルケスの文学的目覚めの出発点に死への恐怖を見出し、それが「孤独」のテーマに結実するまでの過程を追い、『百年の孤独』の完成によって作家が原初の死への恐怖から解放されたとの観測を述べた。死への恐怖というのは、短編集『青い犬の目』の諸短編では、主に曖昧であること(生きているのか死んでいるのかわからない)と他者的であること(意思疎通ができない、他者から自分が死んだとされることの理不尽)から恐怖されるべきものとして表現されているが、『落葉』にいたると死の中心にある他者との断絶が中心的課題になり、それがやがては孤独の概念へと発展するのだという。『百年の孤独』では死者たちは確固たる位置を与えられるようになり、もはや恐怖すべき存在ではなくなり、代わりに孤独が描かれるのだという。(柳原孝敦)

「プロタゴニズモと主役のストリートチルドレン―ブラジル北東部ペルナンブコ州レシフェ市のローカルNGOの思想と実践」
横田香穂梨(津田塾大学国際関係研究所研究員)

今日、ブラジルのストリートチルドレン支援活動団体は「プロタゴニズモ」という概念を頻繁に用いている。本報告は、歴史的に解放の神学の主要拠点でもあるブラジル北東部のレシフェ市のNGOを事例に選び、「プロタゴニズモ」の思想の発生と普遍化の過程に焦点を当てた。特に国内外の政治社会変動が支援現場にもたらした影響に注目した。「プロタゴニズモ」は「子どもの参加」の「普遍化」を意味するが、実践レベルではかなり多様化していると結論づけた。

会場からは、「プロタゴニズモ」のイデオローグ(人物)の存在、ブラジルの民主化と「子ども参加」の関係、「プロタゴニズモ」と解放の神学との関係などが問われた。横田会員によると、具体的なイデオローグは存在しないが、UNICEFの役割は重要であることが説明された。また1980年代の民主化運動のメンバーが「子ども参加」に係わっていること、解放の神学の影響もあることを指摘した。

先行研究は、子どもたちの現状、NGOのパフォーマンスなどに着目してきたが、諸団体の思想の側面には着目していない。その意味で、横田会員の研究は意義があり、今後の研究成果がおおいに期待される。(ロメロ・イサミ)

「メキシコ先住民言語サユラ・ポポルカ語の人称標示における反転」
巽 智子(東京外国語大学大学院)

東京外国語大学大学院に提出された修士論文の発表で巽会員は、メキシコ合衆国ベラクルス州南東部の先住民言語サユラ・ポポルカ語の記述の試みを行ったことを報告した。メキシコに13ある先住民語の語族のうちミヘ・ソケ語族に属するサユラ・ポポルカ語は、他動詞の人称標示において反転と呼ばれる現象が存在する。この語が話されているサユラ・デ・アレマンの町に滞在して調査を行った巽会員は、計6時間におよぶ録音資料などを分析し、この言語における反転の類型を、意味的反転と語用論的反転が異なるsplit inverseであり、その点においてカリブ、マサイ、サハプティンらの言語に共通すると結論づけた。
サユラ・ポポルカ語の反転体系の記述は初の試みであり、類型論への寄与を自負するという巽会員の報告に対し、これまで日本では希有な存在であった先住民言語の研究の意義を称えるコメントが寄せられた。(柳原孝敦)

「メスティサッヘによらないラディーノ化―チアパネカ地域の非インディオ化を中心に」
小原 正(フランス国立社会科学高等研究院博士課程)

メキシコ社会は「混血社会」である。多くの研究者のみならず、一般のメキシコ人がメスティサッヘをまぎれもない事実として捉えている。しかし、ある研究によると、19世紀初頭、先住民の全体人口に占める割合は60%であったが、20世紀初頭には15%まで減少した。これは混血では説明がつかないとされている。小原会員によると、チアパネカ地域でもインディオ人口の割合の減少が起こっている。これは、メスティサッヘの影響ではなく、先住民人口そのものの減少に原因があるという。そして、チアパネカ地域の「人口減少説」を証明するために、一次資料を通じて18世紀半ばの飢餓や疫病が原因であることを証明した。

会場からはブルボン改革の影響、先行研究の一次資料の信憑性などが問われた。特にチアパネカ地域が交通の要所であり、多くのスペイン人がこの地域を通ったことによって混血化が進んだことの影響ではないのかが問われた。小原会員は、このような要因もあるかもしれないとしつつ、資料で裏付けられる「人口減少説」の有効性を主張した。

本報告は、今までのテーゼを覆し、新たなリアリティーを証明した。その意味で、とても重要な研究であり、ぜひ、学術誌への投稿を期待したい。ただし、その際、先行研究批判に加えて、様々な仮説と対比しながら、「人口減少説」を丁寧にまとめることをお薦めしたい。(ロメロ・イサミ)

「メキシコ南部国境地域における移民―チアパス州ラス・マルガリータスのトホラバル民族部落における調査から」
和田佳浦(早稲田大学大学院社会学研究科博士課程)

本報告は、ラス・マルガリータス自治体で行った調査をまとめたものである。具体的に農村変容の視点から村民の移動の調査を行った。調査の開始前は帰還移民の増加や移民先とのつながりが増えることで、村に様々な変化が生じていることを想定していたが、調査の終了後は多くの男性が移民先(米国・メキシコシティ)で就職を経験したものの、生活レベルや所属集団では移民・非移民の区別は難しく、また勢力としての移民グループは見られなかった。むしろ村を動かしているのは村に既に存在していた政党・宗教組織であることが明らかになった。

これに対して会場ではどのように米国における移民の経験が村民に影響したのかが問われた。また近代化・ネオリベラル経済の進出が村の生活に影響を及ぼしたのかが問われた。他にもパラミリタリー組織の影響なども問われた。和田会員によると、パラミリタリー組織の影響を直接見ることはできないという。
和田会員の調査結果はとても興味深い。ただし、会場でも指摘されたように、独自の視点による分析が不十分である。これらの点を踏まえて理論的考察を深め、今後のさらなる調査を期待したい。(ロメロ・イサミ)

「メキシコ チアパス州サンクリストバル市における先住民学習組織CIDECI/大地大学の研究―事例紹介とフィールド調査の困難をめぐる省察」
中沢知史(早稲田大学大学院)

中沢会員の発表も早稲田大学大学院に提出された修士論文に基づくものであった。修士論文は表題のとおりチアパスの先住民学習組織の概要を紹介したもの。中沢会員は事前の文献調査とフィールド調査によってこの機関、大地大学の調査を行ったのだが、発表者本人はこれをフィールド調査の失敗例と位置づけ、その理由や意味を考察してフィールド調査が抱えるアポリアに照らし合わせた。ライムンド・サンチェス・バラサ博士の提唱で、「学びの共同体」の集合体として発足、発展してきた大地大学であるが、それを調査した中沢会員は、しかし、学習の直接観察ができない、この機関とサパティスタとの関係が実証できない、などのフラストレーションを感じたとのこと。ラポール形成、調査手続き、地域研究の問題性などの問題として論じた。

これをさらにどのような反省に活かせるかが重要な問題だとの指摘がなされた。

中部日本研究部会

2011年4月9日(土)14時から17時まで、南山大学名古屋キャンパス(J棟101号室)にて開催された。報告者は、名古屋大学より博士の学位を授与されたばかりの野内遊氏と、ヨーク大学(カナダ)大学院生で博士論文執筆中のフランシス・ペディ氏であった。両発表とも非常に興味深く、日本語・英語・スペイン語の飛び交う中、活発な質疑応答ならびに充実した議論を展開することができた。出席者が9名で比較的少人数であったため、制約を設ける必要もなく、全員に十分な発言の機会が確保できたのは何よりであった。研究会後の懇親会でも、沖縄料理に舌鼓を打ちながら、参加者各自の専門分野やラテンアメリカの現状に関する議論で引き続き盛り上がったことを付け加えておきたい。尚、各報告者による発表要旨は、以下の通りである。(牛田千鶴:南山大学)

「現代メキシコ社会の変容と北部国境地域」
野内 遊(名古屋大学非常勤講師)

本発表は、博士論文『現代メキシコ社会の変容と北部国境地域』の内容をまとめたものである。北部国境地域における急激な都市化及び工業化、アメリカ合衆国へと向かう非合法移民の増大、麻薬カルテルの強大化といった現象をアメリカ合衆国との近接性や国境地域という地理的特性だけに帰するだけでなく、現代メキシコにおける社会構造の変化との関係性に注目し考察をおこなった。とくに1982年金融危機以降のメキシコにおける社会構造の変化との関係について焦点を当てた。この時期以降、既存のメキシコ社会を規定していた枠組みが弱体化していき、その過程で様々な社会的な問題が生じてきた。北部国境地域は、現代メキシコ社会が抱えるそのような様々な問題が象徴的にあらわれた場所であるといえる。従って、そこでの問題は、決して国境地域固有の、または、局地的な問題ではないといえ、北部国境地域に対するまなざしの変化の必要性を指摘した。

“Memory in a Country of Forgetting: Sitios de la Memoria in Chile in the New Millennium”
Francis Peddie(Faculty of Graduate Studies, York University)

Commemorating and memorializing the human rights abuses that took place in Chile during the period of military rule (1973-1990) has been problematic due to the continued existence of conflicting interpretations of the era. As historian Teresa Meade argued in 2000, contradictory forces in Chile made commemorative projects marginal and often historical. Using Meade's article as a blueprint for my own tour of Santiago's memory sites, I set out to discover what, if anything, had changed since 2000 in the area of memory and commemoration. I argue that the intervening decade has seen changes in the way Chilean society portrays its recent past, due largely to events in the elite circles of the nation. In the new millinnium, the Chilean state has taken a more active role in commemorative projects between human rights abuses and the Armed Forces. Despite this increased level of involvement and patronage, however, there is still evidence that parts of Chilean society continue to look at the recent past as something to be forgotten rather than emphasized, and that more state involvement does not necessarily translate into a greater awareness and interest in national history.

西日本研究部会

2011年4月16日(土)13時から17時まで、神戸大学国際協力研究科(第5学舎)207号室にて、西日本部会研究部会が開催された。報告者は2名で、参加者は6名であった。報告に十分な時間を取った上で、内容の細部に至る質疑応答がなされたのみならず、将来に向けた研究の展開についても議論が及び、会合は大変密度の濃いものとなった。

吉野報告は、メキシコ革命期にユカタン州知事となったサルバドル・アルバラドに焦点を当てた。ユカタン州の社会構造はへネケン生産を基調としており、同州は保守色が強いことで知られている。その中でアルバラドは労働や農地など様々な分野で改革を成し遂げており、それは再評価に値するものであることが訴えられた。発表後には参加者より、先行研究を整理し、自説を裏付ける基礎的なデータを提示する必要性が指摘された。また、今回の発表を踏まえ、アルバラドの改革が後代に残した影響にまつわる研究に進みたい報告者の展望を受け、影響があることを示すためにどのような論証が求められるかについて議論がなされた。

村上報告は、チリにおける貿易自由化と賃金格差の関係を検討した。通説によれば、貿易自由化が進むと賃金格差は広がるとされるが、チリにおいてそのような現象は見られない。貿易自由化の影響を厳密に測定すべく、特恵貿易協定の締結が経済政策の主要な特徴となっている1990年以後に時期を限定して、計量分析が試みられた。その結果、実行関税率と産業賃金プレミアムの間に有意な関係は確認されなかった。一方、労働者教育水準と産業ダミーの交差項の係数として表現される、高学歴労働者の産業固有の賃金プレミアムは、実行関税率が下がることで低下しており、賃金格差を縮小させる経路がこれによって明らかになった。会場からは、回帰式に関する質問や、ソスキスをはじめとする資本主義の多様性に関する知見に結びつけて今回の研究を発展させる可能性について指摘がなされた。

以下は、発表者本人による報告の要旨である。 (宮地隆廣:同志社大学)

「5年遅れたメキシコ革命の波及―ユカタン州におけるサルバドル・アルバラドの改革―」
吉野達也(神戸大学大学院国際協力研究科博士後期課程)

1910年に勃発したメキシコ革命の影響は、すぐにユカタン州に波及しなかった。その要因はユカタン州において革命反乱軍が組織されなかったことにある。本発表は、メキシコ・ユカタン州においてアルバラド州知事が1915年から1918年にかけて実践した社会改革を考察する。革命政府によって持ち込まれた「外からの革命」がどのようなものであったかを分析したい。

「チリにおける1990年以降の貿易自由化政策と産業賃金プレミアム」
村上善道(神戸大学大学院経済学研究科博士後期課程)

本報告は、チリの1990年以降の主要な貿易自由化政策である特恵貿易協定の発効によって適用される実行関税率の低下と賃金格差の関係を、産業賃金プレミアムに着目して分析する。実証分析の結果、実行関税率は産業賃金プレミアムとの間に有意な関係は見出せなかったが、産業固有の高学歴労働者のスキル・プレミアムを低下させたことを通して、実行関税率の低下が賃金格差の縮小に寄与したことが示される。