研究部会報告2011年第2回

東日本研究部会

東日本部会研究会は2011年12月10日、13:00から17:00まで、東京外国語大学本郷サテライト7階会議室にて開催された。発表者は2名、参加者は7名。
発表はブラジルのルーラ政権を検証するもの(高橋亮太会員)とパラグアイの大豆生産とその対日輸出問題(吉田貴弘会員)という、それぞれに興味深い内容であったため、通常の学会発表の時間枠をはるかに超えて議論が闘わされた。
いずれもやがて博士論文に結実するはずの研究だけあって、未完成ゆえの問題を抱えてはいるが、スケールの大きさや、そこからの発展の可能性などに期待のもてるものであることは、個々の発表についての下のまとめが示しているとおりである。当部会での白熱の議論を踏まえ、若いふたりの研究者が今後の研究をより良い方向に進
め、優れた博士論文を仕上げることを期待する。(柳原孝敦:東京外国語大学)

「ブラジル・ルーラ政権(2003~2010年)の外交政策―先行研究の紹介および評価―」
高橋亮太(筑波大学大学院博士後期課程)

本報告は、高橋会員が今後執筆する予定である博士論文の全体構想である。その問題関心は、21世紀の新興国として台頭したブラジルが、今後どのような対外行動をとるのかを説明することである。その際に、ルーラ政権の外交政策に焦点を当てている。既存の先行研究については、包括的な研究と政策形成過程に対しても少ないと指摘している。したがって、外交を理解するためには、これを決定するメカニズムを分析する必要があるという。特に大統領・外務大臣・外務省・与党PT・利害関係団体がどのように関わり合ってきたかを明らかにする必要がある。
では、ルーラ政権の外交政策はどのようなメカニズムによって形成されたのだろうか。外交政策形成過程においては、外相・外務省が、大統領や与党PTと協調することにより、影響力を高めていたという。現段階では、特定の理論枠組みを用いないと指摘しているが、今後研究で重視される決定要因は、①国際環境の変化、②国内環境の変化、③歴史的経緯、④国家安全保障問題、⑤経済問題などである。以上を踏まえたうえで、国内の政策決定アクターに注目し、南南関係、FTAA交渉(対米関係)、メルコスルへの取り組みの三つの事例研究を行う予定であ
る。
会場からは、特定の理論的枠組みの存在がないことが問われた。また特定の事例に焦点を当てた方が適切であること、さらに研究のオーディエンス(地域研究者・国際政治学者)が誰なのかによって研究のスタイルも変わるという指摘を受けた。高橋会員は、前もって理論的枠組みを使うのではなく、研究過程において使っていくという説明であった。さらに一次資料とインタビューも行う予定とのことである。
まだ多くの問題を抱えているという印象である。確かに包括的に分析することは大事であるが、スケールがあまりにも大きい。特定の事例に焦点を合わせ、理論的ではなくても、対外政策の意思決定を説明できる「高橋モデル」の構築が必要である。ただし、この報告では先行研究の存在を明らかにし、ブラジル外交史におけるルーラ政権の重要性を明確にした。その意味では、研究は意義があり、今後の成果を大いに期待したい。(ロメロ・イサミ:早稲田大学)

「パラグアイにおける大豆生産の実態と対日輸出拡大の可能性―実態調査の結果を踏まえて―」
吉田貴弘(東京農業大学大学院)

本発表は、パラグアイにおける日本向け輸出用大豆生産についての、現地調査にもとづく研究成果である。パラグアイの日系移民コミュニティ「イグアス移住地」では、岐阜県の輸入商社ギアリンクスとの提携により、日本向け大豆を生産している。ギアリンクスは「日本国の緊急時の食糧確保と南米日本人移住農家の支援」を経営目的に掲げる社会起業家的な流通業者である。イグアス移住地は1961年に入植が開始された比較的新しい日系移民コミュニティであり、パラグアイにおける不耕起栽培農法の先駆地域である。日本向け主要商品は、同地域の特徴を活かした非遺伝子組換え(non-GM)大豆である。Non-GM大豆は、除草の手間がかかるうえ、日本向け商品は農薬の使用がさらに制限されているため歩留まりも悪い。イグアス移住地においても、現実には大豆作付面積の8割程度を遺伝子組換え(GM)品種が占めている。イグアス移住地の農業経営者にとって日本向けnon-GM大豆は、高付加価値少量生産商品であり、ギアリンクスにとってイグアス産大豆は他の産地よりは割安なnon-GM商品である。ニッチ市場をついたプロダクトといえる。
南米産農作物の日本向け生産・流通・消費の広くは知られていない一実態を、現地において緻密に調査した当発表はきわめて興味深く、多様な発展の可能性を持っている。ただし、発表者が提示した「米国産が独占する日本の大豆市場における代替案創出の潜在性をこの事例に期待したい」という枠組みは、説得力不足である。なぜなら日本市場におけるパラグアイ産大豆のシェアはわずかに0.06%程度にすぎず、米国産が7割以上を占めるゲームの動向に一矢報いるプレーヤーにはとうていなりえないだろうからだ。むしろ、ミクロな事実を掘り下げ、農業経済学において通常議論される「スケール」や「効率」の問題からぬけ落ちる、農業実践の「質」やそれに付随する「価値」を、事例の特殊性からすくいあげるような分析が、ラ米地域研究に対する学際的貢献をもたらすのではないか。その意味では、パラグアイの政治・社会・経済・文化の文脈におけるイグアス移住地住民たちの主体性や、彼ら・彼女らにとって日本向けビジネスが意味するものを、当事者の語りから読み解く方向に研究発展の突破口を期待したい。(石橋 純:東京大学)

中部日本研究部会

2011年12月17日(土)14時30分から17時30分まで、南山大学名古屋キャンパス(L棟9階910会議室)にて開催された。報告者は、マイアミ日本総領事館に専門調査員として昨夏まで勤務していた灘久美子会員と、ペルーでの在外研究(発掘調査)から一時帰国中の渡部森哉会員であった。
灘会員は、キューバ系・中米系などラテンアメリカ系移民の集住するフロリダ州を拠点に全米各地の動きを現地で見守った経験に基づき、オバマ政権下での移民法改編をめぐる動向を丁寧に追いながら、次期大統領選におけるヒスパニック票獲得のさらなる政治的重要性について分析した。
一方、渡部会員の報告は、現地調査での最新の貴重な発掘成果を豊富な写真資料とともに紹介しつつ、ワリ国家における地方支配の特徴を、インカ帝国のそれと比較検討しながら浮き彫りにするという、大変興味深いものであった。
出席者は9名であったが、どちらの報告についても活発な質疑応答と議論が交わされ、密度の高い充実した研究会となった。
その後の懇親会にも7名が参加し、ラテンアメリカを柱に異なる専門領域を研究する会員間で親睦を深めた。
尚、各報告者による発表要旨は、以下の通りである。(牛田千鶴:南山大学)

「オバマ政権の移民改革―大統領選再選に向けたヒスパニック票獲得の課題―」
灘 久美子(前在マイアミ日本総領事館専門調査員)

経済が低迷する中、2012年の米大統領選挙で、民主党は2008年時に比べ苦戦すると予想されている。今次選挙では、ヒスパニック票獲得が民主党にとって大きな課題となる。重要なことは、ヒスパニック系有権者が大統領選挙人の多い重要な州で増加していることである。
ヒスパニック系有権者にとって重要なトピックは移民問題である。米国では墨、中米からの不法移民が年々増加している。約1,100万人にのぼる不法移民を強制送還することは不可能なため、一定条件をクリアした不法移民に合法ステータスを与える道が議論されているが、民主党の法案成立に向けた取り組みは、共和党の賛同を得られていない。不法移民の子に市民権を与えるDREAM ACTは、2010年、下院を通過したが、上院では共和党の反対により廃案となった。
そのような中、オバマ政権は2011年、「Blueprint for Building a 21st Century Immigration System」を発表し、移民改革に取り組む姿勢を示した。2011年に下院が共和党優勢となった今、2013年まで移民改革は見送られる見込みだ。2012年選挙で民主党が躍進しなければ、今の状態は更に続く可能性もある。オバマ政権が今できることは、移民改革取組みのアピールと共和党批判ぐらいだが、これが今次選挙で奏功するか否かが、注目される。

「古代アンデスのワリ国家における地方支配―エル・パラシオ遺跡の発掘調査より―」
渡部森哉(南山大学)

古代アンデスにはインカ帝国以前に多くの国が興亡を繰り返した。その一つがワリ国家であり、ペルー中央高地南部のアヤクチョ県にあるワリ遺跡を首都として、紀元6-10世紀に台頭した。地方支配のための行政センターを配置するパターンなどが類似することから、インカ帝国の祖型としばしば捉えられてきた。本発表ではワリ国家の地方支配を、ペルー北部高地に位置するエル・パラシオ遺跡の発掘調査データから考察した。インカ帝国をモデルとしながら、比較検討した。
インカ帝国は支配者集団であるインカ族が、他の80以上の民族集団を支配した多民族国家である。そして地方支配のために各地に行政センターを設置し、それを繋ぐ道路網を整備した。しかし地方行政センターを発掘しても、出土する土器は多くがインカ様式土器で、民族集団の多様性を示す証拠は認められない。おそらく民族集団の指標は頭飾りや織物であったため、考古学的に検証することが不可能なのであろう。
ワリ国家も各地に行政センターを設置した。アクセスをコントロールするなど、建築の特徴に規格性がある。しかし道路は遺構として確認されていない。
エル・パラシオは50ヘクタール以上ある、大規模な行政センターである。2008年、2010年に一部発掘調査を行った結果、ワリ文化の建築の設計であり、半地下式の墓を伴うことが明らかとなった。また、大量の土器、獣骨、石器が出土した。出土土器の大部分は在地のカハマルカ文化のものであり、ワリ様式土器やペルー北海岸系の土器も含まれる。インカ帝国の行政センターで出土する土器の殆どがインカ様式であることとは対照をなす。また具体的な図像を多彩色で施したワリ様式土器は、儀礼で意図的に破壊されることが知られている。そのため、ワリ様式土器は皆が使用するためのものではなく、その使用は一部の人々に限定されていた可能性が高い。さらに敷衍し
て、ワリ国家においては、土器様式が民族集団の違いに対応することが考えられる。

西日本研究部会

今回の研究部会は、2012年1月22日(日)、関西学院大学大阪梅田キャンパスで、イベリア・ラテンアメリカ文化研究会(SECILA)との共同開催で行われた。報告者を含め、13名の出席者の間で活発な議論・質疑応答が交わされた。3つの報告は、研究対象は異なるものの現代メキシコにおける社会問題と深くかかわる点で共通しており、参加者全員の間で活発な意見交換が行われた。
最初の山内報告では、メキシコ農村地域における貨幣経済化が生業、消費生活、および祝祭等に与える影響についての考察が行われた。同報告に関して、現地調査に基づく結果、および研究アプローチについて多方面から質疑応答がなされた。調査対象地であるメキシコ・オアハカ州のサン・ライムンド・ハルバンの貨幣経済化の帰結について、世帯におけるフィエスタの消費は収入と関連しているが、アメリカ合衆国を含む外部からの送金による収入はどれくらい重要であるか、村の中での社会・経済関係だけでなく、州都オアハカ市など近隣の都市や他の村との関係も見る必要があるのではないか、調査対象地は16世紀から貨幣経済に組み込まれているので新しい現象ではないのではないか、等の質問が提示された。また、先行研究との違いはなにか、実際の収入を把握することは困難なのではないか、調査対象世帯を「サポテコ人」という先住民カテゴリーでとらえるのは妥当か等、掘り下げた議論が展開された。
続く塚本報告では、米国のチカーノ文学作家であるアナ・カスティーリョの『ザ・ガーディアンズ』に見られる、登場人物が抱くカトリック主義に対する相克が提示された。主に、小説の時代背景、および小説に見られるキリスト教観について議論が集中した。作者はメキシコ系アメリカ人作家で、作者と同じチカーノを登場人物としているが、米国における作品の評価、および文学における位置づけについて質問があった。また、移民、犯罪、臓器売買など、米国―メキシコ国境間で現在問題となっている社会的背景が登場人物の運命と密接に絡みあっているが、小説が対象とする時代はいつなのか、報告者は小説に見られる反カトリック主義と解放の神学を結びつけようとするが、「カトリック対解放の神学」という対立の図式は適切ではないのではないか、カスティーリョの本作品に見られるのは、反カトリック主義ではなく、反キリスト教主義なのではないか、等の活発な質疑応答が行われた。
最後の禪野・井上報告では、行政区分の変更や都市の拡大により首都・メキシコ市の一部となった、元先住民村落に居住する自称「地元民」と他称「外来者」との関係についての分析が紹介された。先行研究の少ないメキシコ市内旧先住民村落研究分野で、人類学者と歴史学者が共同で行った、先駆的な研究成果が報告された。事例として、都市化が進むサン・ヘロニモ・リディセ地区に焦点を当てつつ、「地元民」の社会組織に見られる「結束」だけでなく「葛藤」にも踏み込んだ点が、新たな貢献として強調された。地元民の間で共同体意識が芽生えた時期とその政治的・社会的背景、同地区に見られる地元民と外来者との関係は他の地域でも観察されるのかといった普遍性に関する問題、およびメキシコ市政府によるpueblos y barrios originariosとしての「認定」と文化再生のナラティブの人類学的意義に関して、白熱した議論が交わされた。また、「認定」はメキシコ市以外でも行われているの
か、PRD政権に特有の政治的現象なのか等、人類学と政治学にまたがる分野横断的なイシューも提起された。
以下は、各報告者から報告前に提出された要旨である。(高橋百合子:神戸大学)

「貨幣経済化とフィエスタでの浪費: メキシコ、オアハカ州、サポテコ人村落の事例から」
山内熱人(京都大学大学院博士後期課程)

1980年代以降、調査地であるメキシコ南東部、オアハカ州にあるサポテコ系先住民を中心とした農村からの移民の流出が増加しており、彼らのもたらす現金がそれまでの生活や文化を変化させつつある。そういった貨幣経済化が消費生活、祝祭(フィエスタ)の具体的局面においてどのように展開し、消費しているのかを見る。

「アナ・カスティーリョの『ザ・ガーディアンズ』における宗教性」
塚本美穂(福岡女子大学大学院博士後期課程)

シカゴ生まれのメキシコ系アメリカ人作家アナ・カスティーリョ(Ana Castillo, 1953-)のフィクション『ザ・ガーディアンズ』(The Guardians, 2007)は、女主人公レジナ(Regina)とその甥ガボ(Gabo)が、米国とメキシコの国境地帯で行方不明になったガボの父親ラファ(Rafa)を探すストーリーである。作品では個人の命の尊厳が容易に葬り去られる様がカトリック社会を通して描かれている。敬虔なキリスト教信者であるガボとマルクス主義のミゲル(Miguel)を中心に、作中において貧困者を救済できないカトリック主義と広く行き渡る反カトリック主義の見解を考察する。

「市街地となった旧先住民村落―メキシコ市、サンヘロニモ・リディセ地区の事例―」
禪野美帆(関西学院大学)・井上幸孝(専修大学)

メキシコ市には、現在は市街地となった旧先住民村落が多数存在する。本報告では特に、高級住宅地となった地区における居住者の関係、祭礼や社会組織を紹介する。さらに、メキシコ市政府による「認定」をめぐる「歴史」の利用に言及し、調査地の自称「地元民」が「認定」や「歴史」に何を期待しているのか考察する。