研究部会報告2015年第1回

東日本研究部会中部日本研究部会西日本研究部会

東日本研究部会

 東日本部会は、2015 年3 月28 日(土)13:30 〜17:00、上智大学四谷キャンパスにおいて開催された。報告者4 名、討論者2 名を含む18 名の参加があった。年度末で諸行事も多く、また春期休暇中であったため海外出張中の会員も少なくなかったため、討論者の確保は困難をきわめ、最終的に2件の報告には討論者を用意することができなかったが、すべての報告が歴史・人類学系統のものであったため、実質的な討論が実現したことは幸いであった。
 以下は、報告者自身による報告要旨である。なお、報告者・討論者の所属は開催日現在のものである。
(谷 洋之、Mauro Neves, Jr.、大場樹精:上智大学)

○「 植民地期におけるマヤ語の成形〜歴史史料としてのマヤ語辞書から見えるもの」
報告者:吉田栄人(東北大学大学院国際文化研究科)

 植民地時代のユカタン・マヤ語に関する言語学的研究では、用いられるデータは植民地時代に作成されたものであるにもかかわらず、それに対する史料批判はほとんど行われてこなかった。本報告では、現存する全ての植民地時代のマヤ語コーパス(チラン・バラムの書など先住民自身の手による文書も含む)は宣教師たちが作り出したマヤ語の表記法と文法規則によって整序されているという前提の下、すなわち、ウィリアム・ハンクス(2010 年)がmaya reducidoと呼んだ、宣教師によって成型されたマヤ語は植民地時代にマヤ人たちが話していたマヤ語とは必ずしも同一ではないという仮定の下、宣教師たちが考えていたマヤ語の規則に潜む間違いを明らかにしようとした。
本報告ではそのための手段として、マヤ語コーパスに存在する表記の揺れに注目した。表記の揺れは、表記法や文法規則が確定される以前に収集された単語等が、同一のものであるにもかかわらず、後の文法チェックをすり抜けて異なる単語として認識されたことが、宣教師による様々な解釈を生む原因になったと考えられる。表記の揺れに対する宣教師たちの解釈が果たして正しいものであるのかどうかを、本報告では現代ユカタン・マヤ語の統語論的特徴と音声学的特徴に照合しつつ検討を行った。

○「 集団は信仰を生まない─タウシグによるアンデス先住民論の問題点とその解決試案」
報告者:相田 豊(東京大学大学院修士課程)

本発表は、文化人類学者マイケル・タウシグのアンデス先住民論を批判的に検討することで、その問題点と解決を明らかにすることを目的としたものである。タウシグがアンデス先住民の信仰実践について書いた『南米における悪魔と商品フェティシズム』(1980 年)は、アンデス地域を扱った人類学的研究の中では例外的に他地域の研究者によって広く引用される研究であるが、タウシグの議論を吟味し、そのアンデス先住民論としての現代的な意義について論じた研究はほとんど存在していない。本発表ではタウシグの著書に対して寄せられた批判やタウシグのその後の議論の展開を追うことによって、タウシグの議論には、アンデス先住民の集団としての一体性や主体性が無批判に前提にされている点で問題があることを指摘し、ひとりひとりの個人のひとつひとつの行為とその連関の「巧妙な複雑さ」を捉え直すことの必要性を示した。

○「 ペルーにおける共同体教育政策の特徴と課題─ 2014 年第2 回共同体教育全国会議の内容を中心に─」
報告者:工藤 瞳(帝京大学外国語学部日本学術振興会特別研究員)
討論者:江原裕美(帝京大学)

ペルーの2003 年総合教育法で創設された共同体教育(Educación Comunitaria)という領域の特徴と課題について、2014 年12月の共同体教育全国会議の内容を中心に報告した。
共同体教育は、先住民の文化・知の継承、ジェンダーに関する教育、環境教育等、主に既存の学校教育制度外にあり、共同体や市民社会によって担われる教育・学習活動を指す。政策としては、これらの活動を認知し、教育水準を向上させることを目的とし、学校等との連携による学習内容や資格の認定が可能となっている。
共同体教育は、既存の学校教育制度では必ずしも認知、評価されなかった先住民の知の継承や、多様な形態のノンフォーマル教育を可視化する意義を持つ。その一方で、アンデス・アマゾンの文化的要素を強調し、共同体教育の自律性や多様性を重視する教育省関係者の主張と、共同体教育の体系化、実践者の資格認定、外国からの資金援助等、実利を求める実践団体関係者のニーズの不一致という課題が見られた。なお、共同体教育政策形成の背景には不明な点もあり、これを探ることは今後の課題としたい。

○「 大規模開発プロジェクトに対するノベ・ブグレ族の抵抗運動」
報告者:波塚奈穂(東京外国語大学大学院博士前期課程)
討論者:千代勇一(上智大学)

本発表では、パナマの先住民族であるノベ・ブグレ族についての概要と、大規模資源開発プロジェクトに対する抵抗運動について報告を行った。ノベ・ブグレ族はパナマに約12% 存在する先住民のうち、約26万人と最大規模の先住民族である。しかし非先住民との所得格差は著しく、社会的経済的苦境に置かれてきた。1960 年代より、ノベ・ブグレ自治区内に存在するセロ・コロラド銅鉱山の開発プロジェクトが計画されたが、これに対して激しい抵抗運動が行われ、結果的に先住民自治区内の鉱山開発は中止された。この抵抗運動を通じて彼らの社会にいくつかの変容がもたらされたが、その最たるものがカシーケを中心とした中央集権的なシステムへの適応であると結論づけた。また、現在係争中のバロ・ブランコ水力発電所建設プロジェクトとそれに対する反対運動も紹介した。

中部日本研究部会

 中部日本部会は、2015 年4 月5 日(日)14:00 〜17:00、愛知県立大学名駅サテライトキャンパス(名古屋駅前)において開催された。参加者は8 名と少なかったが、その分、参加者同士の議論は充実したものとなった。以下は、報告者自身が報告要旨および討論の概要をまとめたものである。
小池康弘(愛知県立大学)

〇「 チリにおける政治と社会の変化:第1期バチェレ政権を中心として」
報告者:杉山知子(愛知学院大学)
討論者:浅香幸枝(南山大学)

本報告では、簡潔に研究報告の背景とチリ政治の先行研究について言及し、ジェンダー政策は必ずしも優先されていたわけではないこと、しかしながらラゴス政権においてジェンダー関連の進展や閣僚人事面で変化があったこと、チリ史上初の女性大統領誕生の背景、バチェレ政権誕生による変化、第2 期目バチェレ政権の課題について報告した。
報告では、ジェンダーに関連し、バチェレ大統領のリーダーシップとその評価の検討、チリ社会の価値観を紹介し、さらに、バチェレ政権後のメディア文化を通しての女性の活躍や第2 期目のバチェレ政権の展望についても言及した。報告後、討論者の浅香幸枝会員より、研究報告の参考文献の欠如や先行研究との違いについての指摘があり、ラテンアメリカにおける女性に関する問題・課題は国連ミレニアム開発目標以後、社会に包摂されるようになってきた点や、ジェンダーが政治利用されることがある点についてのコメントがあった。続いて、バチェレ政権の年金改革やチリにおけるネオリベラリズムに対する姿勢についての質疑応答があり、会員の間で隣国のペルーやアルゼンチンとの比較を交え議論となった。

〇"Memoria, historia y conmemoración:los dos aniversarios de inmigraciónjaponesa a México, 1987 y 1997"
報告者:Francis Peddie (名古屋大学)
討論者:野内 遊(名古屋大学)

Presenté mis notas preliminares sobre los dos aniversarios de inmigración japonesa a México.
Una conmemoración representa una declaración pública de una entidad o individua lde su identidad que tiene tanto que ver con el presente como el pasado. En el caso de la colonia japonesa de México, encontramos una situación de dos aniversarios celebrando la llegada en 1897 de los primeros inmigrantes japoneses a México en 1987 y 1997 que tienen contrastes en los papeles de participación comunitaria y patrocinio en la difusión de una imagen ‘oficial’ de la comunidad a través de conmemoración pública.
Aunque mi estudio de este tema ya tiene más de diez años de antecedencia, la presentación me brindó la oportunidad de tomar este asunto de nuevo y gozar del buen consejo y sugerencias de los asistentes.
Les agradezco al profesor Koike y la profesora Asaka para compartir sus experiencias vividas en México con la colonia japonesa. Además, mi más profundo agradecimiento a mi colega de Nagoya Daigaku, el profesor Nouchi, por sus comentarios y sugerencias puntuales para mejorar el estudio, sobre todo el consejo de tomar en cuenta el grado de asimilación de la colonia japonesa de México en cuanto a la cuestión de identidad comunitaria y como conmemorar los aniversarios importantes del grupo. Estoy seguro que el buen consejo que recibí enriquecería el estudio como procedo con ello.

西日本研究部会

2015 年4 月18 日(土)13:30 から18:00過ぎまで、京都大学稲盛財団記念館(地域研究統合情報センターセミナー室)にて、西日本部会研究会を開催した。報告者・討論者8名を含む出席者は22 名で、報告テーマに絡み合う点が多かったためか、近年では稀にみる盛況であった。最初の石田報告は、日系人の行方不明者に関するドキュメンタリー映画や日系失踪者家族会の活動を手掛かりとして、アルゼンチン社会の多数者による少数者の統合のあり方を問い掛けた。アルゼンチン社会での家族会の位置づけや日系人の自己認識、日系人の世代問題、当該課題に民族や人種の視角を導入する有効性などが議論された。続く鈴木報告は、メキシコとグアテマラの博物館におけるマヤ文明関連の展示を比較し、現代マヤ民族の可視化の有無と可視化されたものの含意について考察した。展示企画側の意図や人的、資金的背景、マヤ民族の単一性と多様性といった点に議論がおよんだ。3 番目の本谷報告は、グアテマラの一村における社会変動の動態を、民族衣装資料を丹念に読み解きながら明らかにした。隣接村や男性、民族衣装をまとわない女性との関係、メキシコのマヤとの相違、村落社会内の階層関係の変化などの論点をめぐり議論がすすんだ。最後の額田報告は、コスタリカの先住民に焦点を当て、その先住民裁判が共同体で果たす多様な役割について考察した。研究の方向性をめぐる問題提起につづき、国家による支配の強さ、共同体内の力・利害関係や非先住民系住民との関係、具体的な裁判過程ならびに適用される法・規則のあり方や係争事案の性格などにかんし、議論が展開した。いずれの報告も、ナショナリティ・民族・人種の動的境界にかかわる基本問題につながっており、「先住民人口は現在何人か、そしてその根拠は何か」という、故友枝啓泰会員が繰り返しはっしていた問いをあらためて想起させる内容であった。
以下は各発表者による要旨である。
村上勇介(京都大学)

〇「 『伝統の破壊』と『社会への統合』のあいだで─アルゼンチン『日系失踪者家族会』の活動から─」
石田智恵(日本学術振興会特別研究員PD)
討論者:林みどり(立教大学)

アルゼンチン日系失踪者家族会の活動と対比させながら、「ようやく失踪者問題について沈黙を破った日本人」という「アルゼンチン人」による他者語りの形式を取り上げ、社会問題化しない形でマイノリティを出自に縛り付ける抑圧のあり方を検討した。

〇 「展示の中のマヤ文明とマヤ民族─メキシコ、グアテマラの博物館比較─」
鈴木 紀(国立民族学博物館)
討論者:芝田幸一郎(神戸市外国語大学)

メキシコとグアテマラの8 つの人類学、考古学博物館におけるマヤ文明展示を比較し、現代のマヤ民族との関係が示されているか否か、示されている場合にどのようなマヤ民族のエージェンシーが想定されているかを考察した。

〇「 織りと装いのいとなみが紡ぐ女性のインフォーマルなネットワークとその変容─グアテマラ高地マヤ先住民女性の事例より─」
本谷裕子(慶應義塾大学)
討論者:禪野美帆(関西学院大学)

国内外の学術機関の収蔵資料をもとに、グアテマラ高地の先住民村落ナワラの女性用上衣ウイピルの形態的変遷(19 世紀末から2000 年頃)を辿り、伝統社会の近代化プロセスと、その中で装いが担ってきた社会的役割の変容を明らかにした。

〇「 『先住民裁判』について考える─コスタリカ先住民ブリブリの事例より─」
額田有美(大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程)
討論者:小林致広(京都大学名誉教授)

 コスタリカの先住民ブリブリの居留地において実践されている慣習法裁判所(Tribunal de Derecho Consuetudinario)について、現地調査によって得られた質的データを用いてその実態を明らかにするとともに、当事者の視点に着目してその意味・役割を考察した。