研究部会報告2015年第2回
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東日本研究部会
東日本部会は、2016年1月16日(土)13 : 30~16 : 30、上智大学四谷キャンパスにおいて開催された。報告者2名を含む7名の参加があった。当日は、大学入試センター試験当日ということもあり、報告も参加人数も多くなかったが、報告2件がいずれもブラジルをフィールドとするものであったことから活発な質疑応答および討論が行われた。
以下は、報告者自身による報告要旨および討論の記録である。
○「120年を迎えた日本ブラジル外交:二国間(バイ)と多国間(マルティ)関係からの一考察」
報告者:子安昭子(上智大学外国語学部)
2015年11月に修好通商航海条約締結から120年を迎えた日本とブラジルは、移住と経済交流(投資、貿易、ナショナルプロジェクト、経済協力など)を中心とする二国間関係を築いてきた。1990年代以降、日系ブラジル人によるいわゆるデカセギ現象が始まり、また2000年代後半、ブラジル経済が安定する中で、日本に進出する企業が増加するなど、日伯間のヒトやモノの流れは、伝統的な「日本からブラジルへ」の上に「ブラジルから日本へ」という動きが加わり、いわば双方向的になった。
21世紀に入る頃から、日本とブラジルは国際協力や多国間協議の場において協力的な関係が目立つようになった。前者については、三角協力として知られるモザンビークにおける農業開発(プロサバンナ計画)であり、後者は国連安保理改革を目指すG4(インド、ブラジル、日本、ドイツ)の動きである。
本報告では、120年に亘る二国間関係の歴史を整理したうえで、上記2つの事例を紹介しながら、こうした国際協力や多国間の場での日伯協力の意義や課題について考察を行った。
○「COP21パリ会議とラテンアメリカ:気候変動に立ち向かう国家と市民【現地報告】」
報告者:舛方周一郎(神田外語大学外国語学部)
本発表は、パリ同時多発テロの発生後に開催されたCOP21パリ会議での現地調査を報告することで、気候変動政策をめぐるラテンアメリカの国家と市民の現状と課題を提示することを目的とした。近年のラテンアメリカは、一定程度の民主主義の定着、経済成長、経済社会格差の是正を実現したものの、未だに気候変動の脅威に高い脆弱性をもつ地域である。しかし、この脅威への対応にラテンアメリカ諸国全体では共通認識を得ていない。本発表では、パリ協定の合意をめぐる基本姿勢として、推進派のブラジル(BASIC諸国)、協調派のペルーとメキシコ(AILAC+MEXICO諸国)、反対派のボリビア(ALBA諸国)の事例を紹介して、国際交渉における各グループの目標や、国家と市民の協働関係から類型化を試みた。その結果、新自由主義に対する国家の政策位置と、民主化移行期からの国家と環境運動との関係にまつわる歴史的背景の違いによって、各国の気候変動政策に違いが生まれた可能性を示唆した。
以上2件の報告を受けた討論では、ブラジルだけでなくラテンアメリカ地域の最新の政治経済情勢と関連させた形で活発な議論が交わされた。第一の子安報告に対しては、今後の日伯経済連携協定(EPA)締結の可能性および課題、特に足かせとなっていると言われるメルコスルの位置づけについて質問があった。報告者からは、ブラジルにとってメルコスルは政治的な意味も大きく、親市場的なEPAや太平洋同盟の側に付くのか、あるいは関税同盟であるメルコスルを強化していくのかという二者択一で判断できるものではないことが指摘された。つづく舛方報告に対しては、気候変動をめぐる各国の国際社会での姿勢の違いと国内情勢の関連について質疑応答がなされた。また、各国内での気候変動をめぐる議論がなされる際の国家と市民社会との関係について、民主化との関連が検討された。
(谷 洋之、Mauro Neves, Jr.、大場樹精)
中部日本研究部会
2015年12月13日(日)13 : 30~17 : 00、名古屋大学国際開発研究科棟第7演習室にて開催され、参加者は9名(非会員1名を含む)であった。適当な討論者の都合がつかなかったため、今回は討論者をおかず、報告のあと全員が日本語とスペイン語で自由に討論する形式とした。2件の報告テーマは相互に関連性があり、参加者の間で活発な意見交換が行われた。報告および議論の概要は以下の通りである。
〇“Challenge of Nikkei Peruvians second generation in Japan after the crisis 2008: Characteristics of second young generation of Nikkei Peruvian and their differences in employment status”
報告者:Jakeline Lagones(ジャケリン・ラゴネス、名古屋大学大学院博士課程)
本研究は、在日日系ペルー人第二世代の特質を明らかにするため、2008年のリーマンショック以降の彼らの雇用上の地位について調査したものである。第一世代の多くは、非熟練工場労働者として働いているが、第二世代の若者においても一定の割合の人々が同様の雇用環境で働いている。カイ二乗検定では、「工場労働者」と「それ以外の労働者」という2つのグループ間の差異は、未婚既婚、年齢、学歴、社会的支援といった要素と相関性があることを示している。他方、本調査の結果、リーマンショック後の時期に一部の日系ペルー人第二世代の若者たちが、日本政府が失業者に提供していた「職業訓練給付金制度」を利用していたことがわかった。彼らはこれを使って雇用上の地位(正社員、契約社員、派遣社員、アルバイト)を変更することに挑戦していたのである。ひきつづき工場労働者として働きつづけてはいるが、会社での雇用契約上の地位は、第一世代(そのほとんどは派遣社員)とは異なり、「正社員」や「契約社員」となっていることがわかった。
報告後のディスカッションでは、第二世代とはいえラテンアメリカの文化的影響を受けている彼らの思考様式や価値観について様々な質問やコメントがあった。報告者は、日系ペルー人の多くは、ペルーでは中間層に属していること、彼らにとってステータスの上昇とはお金を稼ぐことに他ならないこと、ペルーでは日本のような社会的支援策はない点などを挙げ、こうした事実は第二世代の思考や価値観にも影響を及ぼしていると指摘した。その上で、ペルーではホワイトカラーとブルーカラーの間で大きな賃金格差が存在するのに対し、日本ではホワイトカラーになることが良い賃金を得ることを意味しないため、ブルーカラーであっても「正社員」として働き、より高い賃金を得る(=ステータスが上昇する)ことの方に、より強い誘因がある点を指摘した。
〇「日本における中南米出身者の就労・生活について―在住中南米出身女性における意識調査を中心に―」
報告者:ホリウチ・アリッセ・イズミ(常葉大学他非常勤講師)
日本で働き、子育てしている中南米出身女性(以下ラティーナス)が置かれている状況およびその中で直面している問題に焦点をあてて考察した。インタビュー調査に協力してくれた既婚者ラティーナスの特徴として、その66%が高学歴であるにもかかわらず、正規労働に就いている者はわずか11%であることが確認された。次に、仕事などで偏見やいじめを受けていたり、マタニティハラスメントの被害を受けているケースについて報告がなされた。本調査で明らかになったDV被害や高齢ラティーナスの課題などについては、今後さらに研究する必要性があることを指摘した。
報告後のディスカッションでは、調査対象者ラティーナスの家族構成、二世または三世であるという背景との関連性、調査結果の数値の示し方等についてはもう少し検討が必要ではないかといった質問やコメントがあったほか、ラテンアメリカと日本の社会的背景の違いについて明確にした上で全体像を捉えるという視点が重要であるという指摘があった。さらに、多文化共生政策によるラティーナへの影響について、在住ブラジル人やペルー人同士のネットワークや組合等の現状や機能について質疑等があった。今後の研究の方向性として、本報告者はラティーナスの独自性を検証するため、中南米出身男性および日本人女性労働者との比較研究を行っていく予定である。
(小池康弘)
西日本研究部会
2015年12月19日(土)の午後、同志社大学(烏丸キャンパス志高館)において西日本部会研究会を開催した。今回の研究会は二部構成で実施した。
第一部「低成長期ラテンアメリカの政治経済」はラテン・アメリカ政経学会西日本部会との合同企画で、14名の参加があった。2010年代後半に入る現在、世界的に経済が低成長となる中でのラテンアメリカの今日的位相の特徴やそれを分析する視角に焦点を合わせた。最初の浜口報告は、現在のラテンアメリカを捉える視点として構造主義的なアプローチを模索する重要性を提起し、第一部全体の方向付けを行った。続く桑山報告と村上報告は、日本との経済関係と政治について、それぞれラテンアメリカの現状を分析し、今後の課題と展望を披露した。会場からは、構造の具体的内容やその作用について各報告者に質問が寄せられ、構造とアクターの関係や過程に議論が及んだ。
報告の要旨は次のとおり。
〇「ラテンアメリカ発展停滞のパズル試論」
報告者:浜口伸明(神戸大学)
目まぐるしく変化するラテンアメリカ・カリブ諸国(LACs)の政治経済変動を理解するための分析枠組として、この地域の固有性が取り入れられた構造主義的アプローチによる、政治学と経済学の融合的研究が必要とされている。発展過程の停滞や脆弱な制度、汚職などの重層的な問題から成る「LACs発展停滞のパズル」の全体像を明らかにする分析枠組み構築に向けた中間段階を報告した。
〇「ラテンアメリカ・日本関係のいま─経済関係の日本モデル─」
報告者:桑山幹夫(ラテンアメリカ協会)
過去50年の間、日本はラテンアメリカ・カリブ(LAC)地域の主要な貿易相手国、投資国、融資国、及びODA供与国であった。日本とLACの経済関係は、中国の優勢によって現在、影が薄いとされているものの、貿易統計が単に示唆するより遥かに多様化、グローバル化している。日本の対LAC投資は貿易を代替する性格を持ち、最先端の技術、ノウハウ、雇用、外貨収入等、多くの機会と利点をLAC諸国にもたらしている。これは、中国LAC関係とは大きく異なる点である。
〇「新たな段階の始まり?─ラテンアメリカ政治の現代的位相─」
報告者:村上勇介(京都大学)
過去30年間、国家社会関係のあり方について模索を続けてきたラテンアメリカは、新たな段階を迎えつつあるかにみえる。1980年代からのネオリベラリズム路線への転換、1990年代末からのポストネオリベラリズム局面と「左傾化」現象、そして、左派政権が実績を問われる今日の状況を振り返りつつ、ラテンアメリカ政治の現代的位相について分析を試みた。
(村上勇介)
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第二部は、同志社大学人文科学研究所部門研究「ラテンアメリカにおける国際労働移動の比較研究」との共催で開催された。浅倉寛子会員(メキシコCIESAS)と人文研のゲストスピーカーとして参加されたMarta Torres Falcón氏(UAM)からの報告があり、11名の参加者があった。報告後の質疑では、浅倉会員へメキシコ南北の国境警備の違いや男性労働者の場合の家族統合について質問があった。トーレス氏からはゲレーロ、オアハカ、チアパスにまたがる売春ネットワークの存在や移民女性の脆弱性についての指摘があり、活発な意見交換が行われた。
〇「再生産空間における相互行為のダイナミズム―メキシコ、モンテレイメトロポリタン地区に住む中米出身家事労働者の事例から―」
報告者:浅倉寛子(メキシコ社会人類学高等学術研究所北東支部 CIESAS)
メキシコを含む、ラテンアメリカにおける家事労働者(特に女性家事労働者)の存在は決して新しいものではなく、植民地時代から現在に至るまで、ずっと継続してきた。現在においては、家事労働者の需要は減少するどころか、雇用形態を変化させながら、むしろ増加していると言えるであろう。さらに、国家間の経済格差が拡大し、出稼ぎを目的とする人の移動が急激に加速した現代社会においては、家事労働に従事する者は自国出身者に限らず、他国から来た移民もこの種の労働市場に参入して来ている。本発表においては、メキシコ、モンテレイメトロポリタン地区で、家事労働市場に参入して来た中米移民女性の事例をもとに、労働の場と親密の場が重なり合う家庭という再生産空間における、中米移民家事労働者と彼女たちを取り巻く人々との相互行為と関係性を記述・考察する。
〇“In Their Own Words: Female Victims of Human Trafficking in Mexico.”
報告者:Marta Torres Falcón (Universidad Autónoma Metropolitana (UAM)-Unidad Azcapotzalco)
Human trafficking has several important phases: recruitment, transportation, transfer, harbouring or receipt by means of threat or use of other forms of coerción. Mexico is a place of origin, transit and destination of international migration. There is also a strong internal migration. Women are very vulnerable to be recruited for forced prostitution. This work intends to consider women’s experience through their own words. Additionally, some policies to prevent the trafficking and support the victims are proposed.
(松久玲子)