研究部会報告2016年第2回
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東日本研究部会
東日本部会は、2017年1月7日(土)13:30~17:00、東京外国語大学本郷サテライトにおいて開催された。
招待講演と2つの報告に対して15名の参加者があり、議論は充実したものとなった。
招待講演は、近年ラテンアメリカ文学の翻訳者として目覚ましい活躍をされている松本健二氏(大阪大学)を迎え、『セサル・バジェホ全詩集』(現代企画室)の翻訳について自由にお話しいただき、柳原孝敦氏(東京大学)にコメントをいただいた。
バジェホ研究史の整理と現況、バジェホ読解をめぐる研究者コミュニティにおける議論(ローカルなコミュニティと国際的なコミュニティで生じる差異)、また、アジア言語に翻訳することの意義など(すでに中国語と韓国語の翻訳は存在する)、文学論から翻訳論まで多岐に渡った。
以下、研究報告と議論について、発表者自身の報告である。
(久野量一:東京外国語大学)
(1)「ドミニカ共和国における魔術的リアリズム」
報告者:塚本美穂
本報告では、The Brief Wondrous Life of Oscar Waoにおける伝説上の人物と作者ディアス(Díaz)が創造した架空の顔なし、マングース、フクについて分析した。
魔術的リアリズムについては、より深い考察が必要である。本作品において、作者はドミニカ共和国の歴史的背景に加えて、創造物を用いることで、デ・レオン家にかけられた呪いを描く。15世紀からドミニカ共和国を襲った人びとの苦難が、呪いという形で作品に投影されており、その呪いの深さを顔なしとフクが強調する。 女神シグアパ(Ciguapa)、タイノ族の女王アナカオナ(Anacaona)、トルヒーヨに暗殺されたミラバル(Mirabal)姉妹は過去の勇敢なヒロインとして記述されており、ドミニカ共和国では重要な位置を占めていることがわかる。
(2)「アルゼンチンカトリック教会の変容:国家宗教から公共宗教へ」
報告者:渡部奈々(早稲田大学地域・地域間研究機構)
近代化のプロセスにより宗教は次第に私事化され、公的領域における政治社会的影響力は減退するという世俗化のテーゼは、1980年代に世界各地で起こった「宗教の復興」とも呼ばれる宗教現象により、その妥当性が問われるようになった。今日広く共有されている理解は、現代社会が信教自由の保障および国家と宗教の制度的分離という点で世俗的でありながらも、諸宗教が公的領域で一定の影響力を有する社会というものである。カサノヴァはこれを宗教の「脱私事化」と呼び、脱私事化した宗教を公共宗教と規定した。本研究では、アルゼンチンカトリック教会が国家宗教から公共宗教へと変容した歴史的経緯を整理分析し、教会内に存在する2つのグループ、組織教会と民の教会が、民政移管以降どのようにして公共宗教へと変容していったのかを具体的事例から報告した。
報告後のディスカッションでは、アルゼンチン公立学校における宗教教育に関するコメントがあったほか、ブラジルやチリの教会が人権擁護を訴えて軍政に抵抗したのに対して、なぜアルゼンチンカトリック教会は軍政を支持していたのかという質問があった。また「民の教会」の定義に関する質問や、アルゼンチンカトリック教会における教皇フランシスコの存在に関する質問があり、報告者は解放の神学が興隆したブラジルや中米とは異なるアルゼンチンカトリック教会の特徴を指摘した。
中部日本研究部会
中部日本部会は12月17 日(土)、中部大学名古屋キャンパスにて開催された。参加者は報告者、討論者、担当理事、運営委員を含めて計10名。今回は部会レベルで試行的に取り組んでいる「話題提供」として、二村久則氏(名古屋大学名誉教授)にコロンビアの最新情報の解説を依頼した。以下は当日の報告概要である。 (田中高:中部大学)
(1)「ロスセタスの組織構造の特徴~伝統的麻薬カルテルとの比較」
報告者:野内遊(名古屋大非常勤)
討論者:二村久則(名古屋大名誉教授)
メキシコの犯罪組織であるロスセタスは、伝統的麻薬カルテルとは異なる組織構造を持っている。もともとはメキシコ北東部を拠点とするゴルフォ・カルテルのボスであったOsiel Cárdenas Guillénの私設軍隊として組織されたが、その後、単なる私設軍隊から犯罪組織へと変化していった。本発表では、ロスセタスの組織構造を伝統的麻薬カルテルのそれと比較し、その特徴を浮かび上がらせた。そして、考察を通じてロスセタスの危険性及び組織に内在する緊張関係を明らかにした。
(2)「宗教行事「奇跡の主」~10年間の参与観察から見えてくるもの~」
報告者:寺澤宏美(名古屋大非常勤)
討論者:谷口智子(愛知県立大)
「奇跡の主」の行列(la Procesión del Señor de los Milagros)は、ペルー人が集住する日本国内の各地域で毎年10月に行なわれている。本発表では愛知県名古屋市・緑ヶ丘教会の行列について、試行錯誤の段階から教会の年中行事として定着するまでの過程を、2007年から2016年までの参与観察に基づいて報告した。
(3)話題提供:「最近のコロンビアの動き」
報告者:二村久則(名古屋大名誉教授)
西日本研究部会
2016年12月17日(土)13:30から18:30まで、同志社大学烏丸キャンパス志高SK214教室およびSK203教室にて、ラテン・アメリカ政経学会関西部会との共催で西日本部会研究会を開催した。報告者7名は全員が本学会員であるが、時間の都合上、ブラジルおよびアンデス諸国の現代政治をテーマとする5報告と、社会人類学および歴史学の個別2報告に分かれて同時開催しなければならなかった。発表者を含め合計29名が参加し、学術的刺激に富んだ研究会であった。前者は、「2010年代半ばのラテンアメリカの政治」と名づけられた現代ラテンアメリカに関する5件の報告である。ラテンアメリカの成長と多くの左派政権を中心とした政権の政策を支えた資源ブームが2010年代半ばに陰りはじめ、左派政権の実績そのものが問われる段階に至っている。こうした認識の下に、ブラジルの新政権および地方選挙、そしてボリビア、コロンビアおよびペルーの政権の現状が分析された。後者の浅倉報告は、メキシコ北部モンテレイのメトロポリタン地区に住む中米移民女性を対象に行ったフィールドワークをもとに、あらゆる形の暴力体験をめぐる「感情」に呼応する行動の分析が試みられた。真鍋報告は16世紀後半から17世紀初頭にかけてのペルー副王領におけるポトシを中心とした銀山開発からスペイン王権がいかにして増収を実現していったかを史料の緻密な分析に基づいて実証した。これら2報告の終了後、多くの会員が前者の会場に引き続き参加し、専門領域を超えて現代ラテンアメリカ政治の潮流の詳細なる報告に傾聴し強い関心を喚起された。2会場に分かれての形式を採ったために、地域部会の活性化を検討中であることを伝え、会員間で自由に意見を出し合う時間を持てなかったのが残念であった。以下は7名の各発表者による要旨である。 (北條ゆかり:摂南大学)
(1)「ブラジルの民主主義とテメル新政権の動向」
報告者:住田育法(京都外国語大学)
ルーラ元大統領のカリスマ性とコミュニケーション能力に頼り第二期政権を乗り切るかと思われた中道左派労働者党ルセフ大統領は弾劾裁判で失職した。中道ブラジル民主運動党テメル新政権の動向と今後のブラジル政治の展望を考察した。
(2)「2016年ブラジル統一地方選挙―全体評価と政治経済の現状・展望―」
報告者:舛方周一郎(神田外語大学)
本報告では、2016年ブラジル地方選挙の動向と結果を分析することで、ブラジルにおける中央-地方間の政治力学を示した。また選挙結果から、有権者の政治不信が広がる中で労働者党の衰退と保守政党(保守勢力)の躍進が明らかとなり、次回の大統領選挙も、類似の結果になる可能性が示された。
(3) 「ボリビア・モラレス政権の11年―何が政権を支えてきたのか―」
報告者:岡田勇(名古屋大学)
本報告では、モラレス政権への選挙支持についてLAPOPデータを用いた投票行動分析を行った。分析結果からは、モラレス政権は先住民層、低所得層、西部諸県から指示を得てきたこと、業績投票も認められること、そして2014年選挙ではインフォーマル労働者(厳密には自己雇用層)からの支持も得るようになったことが明らかとなった。
(4) 「コロンビア―和平プロセスの現状と見通し―」
報告者:千代勇一(上智大学)
2016年12月、コロンビア最大の左翼ゲリラ「コロンビア革命軍 (FARC)」と政府の間で結ばれた和平合意が議会で可決された。しかし、和平合意に対しては懸念や批判の声も強く、政治的駆け引きの様相すら呈している。本発表では、和平合意のプロセスと内容を検証し、その特徴と問題点、国内政治へのインパクトを明らかにしたうえで、今後の見通しについて検討した。
(5) 「ペルーの大統領選挙とクチンスキー政権の現状」
報告者:村上勇介(京都大学)
昨年実施されたペルーの大統領選挙は、0.24%、4.1万票の歴史的な僅差で経済テクノクラート出身のクチンスキーが当選した。本報告は、選挙戦を振り返り、クチンスキー政権の現状と課題について考えた。
(6)「暴力と感情の文化的力(ちから)の考察―中米移民女性の経験から―」
報告者:浅倉寛子(メキシコ社会人類学高等研究所北東支部)
社会科学の分野で、感情が分析対象として取り上げられるようになったのは、ここ30年くらいのことである。しかしながら、人間を取り巻く様々な社会現象をより深く理解するには、客観的側面だけでなく、主観的側面をも考慮することが重要である。そこで本報告では、中米女性が移民過程で受ける様々な暴力の経験をもとに、彼女たちがそういった状況の中で、どのような感情を持ち、それが前進するために起こす行動とどのように結びつくのかを考察した。
(7) 「植民地時代前半期におけるポトシの社会と銀鉱業運営の実態」
報告者:真鍋周三(兵庫県立大学名誉教授)
本報告では、第5代ペルー副王トレド(在位1569-81)の諸改革後に出現したポトシ社会を、17世紀初めに起きた市民戦争〔ビクーニャスとバスコンガドスの戦い (1622~25年)〕くらいまでを射程に入れて考察した。王権と私企業による官民混合事業が出現する1570年代後半以降の王権の「事業」にそって、「負債」制の実態をその特色や問題点とともに検討した。その結果、「5分の1税」の徴収や「負債」の供与などを通じて、スペイン王権の国庫拡張主義は際限なく深化を遂げていったことが明らかとなった。