研究部会報告2020年第2回
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東日本部会
2020年12月12日(土)13:30から18:00まで、Zoomオンラインにて開催された。東日本部会としては、はじめてのオンライン開催であったが、前広に東日本部会の会員に限らず、全会員に向けてオンラインでの開催を周知し、プログラム内容を学メールにて重ねてリマインドした結果、41名の会員が事前の参加登録を行い、Zoomパスコードを受け取った。当日は、個別報告1に26人、個別報告2に33人、パネルに32人、のべ90名を超える会員が国内各地から参加された。
個別報告及びパネルの報告者とコメンテーターともにZoomでの発表に習熟しており、多数の参加者による質疑応答が活発に行われた。オンライン開催のメリットが活用された充実した研究部会となった。
狐崎知己(専修大学)会
〈個別報告1〉
「チリにおける『サード・シネマ』の展開」
発表者:新谷和輝(東京外国語大学大学院博士後期課程)
討論者:鈴木茂(名古屋外国語大学)
1960年代を中心にラテンアメリカで隆盛した映画運動について、その挫折の過程と継承の可能性を、チリ映画を事例に検証した報告であった。発表では主に三つの点を明らかにした。一つは、「サード・シネマ」と呼ばれる映画運動が階級闘争や他地域の映画文化との差別化を進めた結果、教条化や持続性の欠如といった問題点を抱え込んだこと。次に、1970年の社会主義政権誕生後のチリにおいて、こうした映画運動の難点が顕著に表れたこと。最後に、その一方で軍政期以降のチリ映画には、草の根から映画文化を再興する「コモンズ」としての映画運動の継承のかたちが見られることである。コメントと質疑応答では、もはや階級概念が通用しない現代社会においても60年代の先駆的な映画の理念が若い映画人に引き継がれていることを確認したほか、コモンズといった概念の妥当性や、演劇運動にも共通する映画運動におけるメキシコの特異性について議論が交わされた。
〈個別報告2〉
「2020年ブラジル地方選挙・速報――コロナ禍の現状と課題」
発表者:舛方周一郎(東京外国語大学)
討論者:岸川毅(上智大学)
本報告では、2020年11月のブラジル地方選挙の動向と結果を速報して、選挙から見えてきたブラジル政治の現状と課題を考察した。コロナ禍で延期して実施された地方選挙では台頭するキリスト教福音派や、コロナ対応に追われた現政権への評価との関連性に注目が集まった。報告では左派労働者党の敗北と中道(右派)政党の台頭という選挙全体を概観した後に、サンパウロ市など主要都市の選挙戦の動向を取り上げて、2010年代に政治的分断化が深刻になっていたブラジル政治における中道化の兆候を説明した。さらに選挙結果から読み取れる2022年ブラジル大統領選挙の現在の見通しを示した。討論者からは、①地方での政党政治、②ボルソナーロ大統領の指導力、③ブラジルにおけるイリベラル化の指標などに関するコメントがあった。参加者からも、①労働者党と社会主義自由党の違い、②福音派左派の動向、③コロナ禍で大統領支持率が高まった要因などに関する質問が寄せられた。
〈パネル〉
「“性的マイノリティ ”の権利保障に関する6か国の現状」
報告者:畑惠子(早稲田大学招聘研究員:代表)
渡部奈々(獨協大学非常勤講師:アルゼンチン)
近田亮平(アジア経済研究所:ブラジル)
尾尻希和(東京女子大学:コスタリカ)
上村淳志(高崎経済大学非常勤講師:メキシコ)
磯田沙織(神田外語大学:ペルー)
松久玲子(同志社大学社外研究員)[発表順]
討論者:浅倉寛子(Centro de Investigaciones y Estudios Superiores en Antropologia Social:CIESAS)
“性的マイノリティ”の法的権利保障(同性婚、性別の法的変更等)に関して、レベルが異なる6か国(高位:アルゼンチン、ブラジル、中位:コスタリカ、メキシコ、下位:ペルー、ニカラグア)の現状と特徴を発表した。特に高・中位国ではLGBT運動が強まった一つの契機が80年代からのHIV/AIDS感染拡大であること、それが民主化の時期と重なったことで当事者組織、行政、他の市民組織、国際機関等との連携が進み、人権意識に支えられた権利運動が展開されたことなどを明らかにした。討論者の浅倉会員からは、アクター間の相互関係が権利保障過程にどのように影響してきたのかを当事者の姿がみえる形で考えていく必要があることなど、今後の比較研究にとって示唆に富むコメントがあった。また参加者からも、同性婚の権利が司法判断だけにもとづいている場合の実効性、カトリックもペンテコステも一枚岩でないことなど、多くの貴重なご意見や質問をいただいた。
中部日本研究部会
中部日本研究部会は、2020年12月20日(日)14時より17時までオンライン(Zoomミーティング)形式で開催された。2件の報告が行われ、参加者は、発表者を含め23名であった。中部地方在住会員のみならず、全国各地から参加者が得られたのは、オンライン開催ならではの成果であった。発表者から1時間ほどの報告があった後に、討論者よりコメントがなされ、全体での質疑応答・討論へと続いた。部会終了後の懇親会でも、和やかな雰囲気の中で有益な情報が飛び交い、会員間の貴重な研究交流・親睦の機会となった。以下は各報告の概要である。
牛田千鶴(南山大学)
〈第1報告〉
「冷戦期のチリにおけるクーデタの背景:Tanya HarmerによるBeatriz Allendeからの考察」
発表者:杉山知子(愛知学院大学)
討論者:田中高(中部大学)
チリでは、1970年になり社会党出身のアジェンデを大統領とする左派政権が誕生し、社会主義路線を歩むことを目指す動きが見られた。しかし、政権発足3年後、軍部のクーデタにより、アジェンデ政権は崩壊する。本発表では、杉山知子会員は、1973年のチリのクーデタの背景について、これまでの先行研究(政党間バランス・政治制度、官僚型権威主義体制論、国家安全保障ドクトリン、アメリカの介入からの視点)の概観をし、近年の研究として、軍部と財界との関係、キューバを含めたグローバル冷戦史研究としてのチリとキューバの外交関係(Tanya Harmer, Allende's Chile and the Inter-American Cold War)について紹介をした。さらに、杉山会員は、Tanya HarmerによるBeatriz Allendeについて検討し、この著書から、Beatrizが急進左派とアジェンデ大統領の橋渡し役をしたこと、個人的なつながりも影響し(1970年 にBeatrizはキューバの情報担当官と結婚)、キューバとチリが緊密な関係になっていったこと(アジェンデ自身の護衛や大統領府の監視体制にもキューバは影響を与えていた)、Beatriz Allendeや大統領秘書がセンシティブな事項を管理していたこと、アジェンデがクーデタについての危機感を持っていたこと、しかし、アジェンデによるクーデタ後のチリ社会の見通しについては不明であることなどについて言及した。
討論者の田中高会員は、1959年のキューバ革命以前においても、1954年の米国のグアテマラへの介入があり、冷戦期米国のラテンアメリカ諸国への積極的な介入姿勢が見られたことを指摘した。また、田中会員は、アメリカのグアテマラ介入、キューバの開発途上国への外交政策についての優れた先行研究(Piero Gleijeses, Shattered Hope; Conflicting Missions) についての紹介をした。質疑応答では、光安アパレシダ光江会員からは、軍政期のチリにおける教会の役割について、中川智彦会員からは、Tanya Harmer の著書でのインタビュー対象者やBeatriz Allende の夫であるLuis Fernandez Ona の駐チリキューバ大使館での職位についての質問があった。質疑応答のための時間的余裕が十分になかったため、活発な議論へと発展しなかったことが残念である。
〈第2報告〉
「パラグアイにおける国家戦略としての基礎教育改革」
発表者:牛田千鶴(南山大学)
討論者:磯田沙織(神田外語大学)
パラグアイでは、過去30 年近くにわたり継続的に教育改革が推進されてきた。1992年憲法(現行憲法)では永続的な教育権の保障が謳われ、「教育改革の年」と位置付けられた1994年以降には、基礎教育の完全普及を柱とする世界規模での教育達成目標や教育協力の潮流の下、カリキュラムの見直しや教員の待遇改善を含む様々な改革計画が策定され、実行に移されてきた。本報告ではまず、そうした潮流に即して取り組まれてきたパラグアイの教育改革に関する評価の一指標として、ラテンアメリカ地域で実施されてきた独自の学力調査結果に注目し、同国小学生の学習到達度が基礎的な段階に留まっていることを確認した。そのうえで、教育基本法(1998年制定)をはじめとする法的整備状況、ならびに「戦略的教育改革計画“パラグアイ2020”」(1996年施行/ 2008年改訂)や「国家教育計画2024」(2009年策定)、「国家開発計画“パラグアイ2030”」(2014年策定)等の特色にも触れつつ、パラグアイの教育改革政策の実効性や主要課題について考察した。
討論者の磯田沙織会員からは、主に次の3 つの観点からコメントがなされた。まず、教育の問題は、予算配分の少なさに留まらず、予算が全額執行されないことにも起因しているという点である。次に、予算不足により教員の待遇が悪化しているために、教員はアルバイトで生計を立てざるを得ず、教育の質の改善を検討する余裕もない状況であること、さらには、現場での教育の質が改善されないため、二言語教育を含めあらゆることが計画倒れとなっている、という現実的な問題点である。現地に出向いての聞き取り調査や学校現場での参与観察の必要性を、改めて強く認識させられる指摘であった。
今回の発表は、報告者が当日冒頭で表明した通り、現在取り組んでいる科研費採択課題の予備的調査としての位置づけであったが、パラグアイでの滞在経験を有する会員をはじめ、参加者から貴重な情報共有や有益なコメントがなされ、研究の深化につながるような質疑応答も行われた。
西日本研究部会
今年度第1 回目の西日本研究部会は、2020 年12 月19 日(土)14 時より17 時までZoomを使用してのオンライン形式で開催された。報告者は2 名で、それぞれに討論者がついた。参加者は対面時よりも多く、27 名となった。また、発表者、討論者、参加者とも、西日本に限らず多様な地域から集まることができた。画面共有で提示された資料も対面時以上によく見ることができて、オンライン開催のメリットが感じられた。質疑応答もさかんに行われ、充実した研究部会となった。会の終了後も発表者、討論者、一部の参加者の間でディスカッションや意見交換が一時間ほど続いた。
禪野美帆(関西学院大学)
〈第1報告〉
「2020年コロナ禍中に迎えたメキシコの国勢調査」
発表者:遠藤健太(フェリス女学院大学)
討論者:中沢知史(南山大学)
本報告では、2020年にコロナ禍のなかで迎えたメキシコの国勢調査の実施状況をふりかえりつつ、その過程で浮上していた政治的論点について、とりわけ人種・エスニシティ関連の問題に焦点を当てながら考察した。
まずは、メキシコの過去の国勢調査(1895年~2010年)および中間調査(1995年・2005年・2010年)の調査票を通時的に分析することで、とりわけ2000年以降に多文化主義的な傾向(=国内の人種・エスニシティ的な多様性の存在を公的に承認しようとする傾向)が顕著になってきたことを示した。具体的には、2000年国勢調査において初めて「先住民」と自己認識するか否かを問うサンプル調査が実施されたことや、2015 年中間調査において初めて「アフロ系」と自己認識するか否かを問うサンプル調査が実施されたことなどを、調査票の文言の変化などとともに示した。そのうえで、2020年国勢調査では、「先住民」および「アフロ系」としての自己認識についての質問が(サンプル調査ではなく)全員を対象とする調査票のなかに盛り込まれたという点で、新たな局面を迎えたことを強調した。
次に、こうした国勢調査における変化の背景となった、1990年代以降の多文化主義的な憲法改正の経緯を示した。すなわち、1992年と2001年の憲法改正において先住民の存在の公的承認やかれらの権利の保障に関わる文言が盛り込まれたことを確認したうえで、2019年の憲法改正において(メキシコ憲法史上初めて)アフロ系の公的承認と権利の保障に関わる文言が盛り込まれたことに着目し、それらの文言をめぐる議論の一部を紹介した。
次に、こうしたアフロ系の公的承認という傾向の背景で展開されてきた、アフロ系メキシコ人たちの政治運動の状況を、主として現地の報道から得た情報をもとに紹介した。特に、オアハカ州を中心に活動するアフロ系の人々が、上述した2015年中間調査や2019年憲法改正での「成果」を経て勢いを得ながら、2020年国勢調査に向けて、「アフロ系」自認の質問に"Si"と回答することを住民たちに呼びかけるキャンペーンを展開してきたさまを示した。
最後に、2020年のメキシコ国勢調査が、コロナ禍の深刻な影響を受けてスケジュールや実施方法などに変更を迫られながらも完了に至ったまでの経緯を、政府のプレスリリースや現地の報道などをもとに整理して示した。また、国立統計地理院(INEGI、国勢調査の実施主体)の公式ツイッターによる情報発信や住民らとのやりとりを分析することで、国勢調査期間を通じて浮上していた各種の問題点や課題を浮き彫りにした。
討論者の中沢会員からは、国勢調査の政治性という主題に関する理論的考察の可能性が示されたほか、(中沢氏が現地で観察した)2017年のペルーの国勢調査との比較という観点からメキシコの事例の特徴について所見が述べられた。また、ラテンアメリカ諸国における多文化主義的傾向の要因に関する発表者の見解を問われ、それをめぐり若干の議論を交わした。その他、フロアの会員方からは、域内諸国において先住民やアフロ系の人口統計が実施されるようになってきたことと議会選挙でクオータ制が導入されてきたこととの間に何らかの相関関係があり得るのではないかという指摘や、アフロ系メキシコ人たちの運動が具体的にいかなる目標の下で展開されているのか(社会政策的な要求なのか否かなど)を明らかにするべきとの指摘など、発表者の今後の研究に資する多くの有益なコメントがなされた。
〈第2報告〉
「ペルー領アマゾニアにおける開発と先住民の抵抗――ポリティカル・オントロジーの視点から」
発表者:神崎隼人(大阪大学)
討論者:岡田勇(名古屋大学)
本報告は、ペルーでのインフラストラクチャー開発をめぐる論争について、フィールドの事例を中心に議論した。まず背景となる開発とは「アマゾン運河プロジェクト」と名付けられた、ペルー政府が中国系企業と進めてきたもので、アマゾン河本流、マラニョン河、ワジャガ河、そしてウカヤリ河を運河ネットワークとして活用する構想である。その主な作業は「浚渫」である。浚渫とは河川や港湾の水底をさらうことで、水深を確保するための土木工事である。しかし、浚渫が、対象の諸河川における生態系や環境、あるいは流域の人々の生活といった多様な領域へ負の影響を及ぼす可能性があるとして、専門家、市民団体、そして先住民の代表団体は反対してきた。
このような論争のなかで、本報告では先住民の代表団体の見解における「宇宙観」という概念に焦点を定めた。団体の先住民のリーダーたちは、「科学的な情報」と共に「宇宙観」が、環境アセスメントのプロセスでは等しく考慮されるべきである、と主張する。以上の背景から取り出された宇宙観の問題を具体的に検討するために、フィールドの事例報告に移り、シピボ=コニボの団体リーダーたちによる「河の母アコロン(Akoron)」と浚渫の関係性についての語りを取り上げた。調査は2019年11月から2020年3月中旬までの期間、ウカヤリ河中流のプカルパ市を中心に実施し、地域の先住民代表団体 Organizacion Regional AIDESEP Ucayali: ORAUを訪れ、参与観察やインタビューを行った。得られた語りから、ORAUのシピボ=コニボのリーダーたちは、次のような認識をおおよそ共有していることが明らかになった。アコロンは河の深いところに棲み、浚渫を好まないと考えられていた。浚渫を実行すれば、アコロンは河から去り、すると魚はいなくなり水も枯れるというのである。
報告した事例を今後考察していくために、人類学における“存在論的転回”から発展した、ポリティカル・オントロジーとの接続可能性を最後に指摘した。ポリティカル・オントロジーは、環境や資源をめぐる先住民の人々のデモ参加や意思決定といった政治的活動がアニミズム的論理に貫かれている際の「政治」とは何かを考察する。主体/客体、精神/物質、人間性/動物性、文化/自然という西洋近代的な論理を大前提に、異質な論理に対して支配的に自らを定位する政治と科学が、批判される。河の母アコロンのエージェンシーを前提にした場合の浚渫をめぐる「政治」とは何か、そしていわば「アコロンの論理」とペルーの環境政治の論理の力関係はどのように配分されるのか、これらが今後の課題であろう。
討論者の岡田会員からは、本報告および今後の方向性として、抽象的なレベルか、あるいは特定の具体的なレベルのどちらに主眼を置くのか、射程に関する質問があった。そうした疑問点に加え、事前協議法や先住民の代表団体による交渉のプロセスといった、ペルー特有のコンテクストをより有機的に議論に接続する重要性が指摘された。フロアからは、理論的なトピックからブラジルにおける浚渫の状況といった比較材料の提供まで、多岐にわたる論点が示され活発な議論となった。