研究部会報告2012年第2回

東日本研究部会中部日本研究部会西日本研究部会

東日本研究部会

東日本部会は2012年12月22日(土)の13時30分から18時30分まで、東京大学本郷キャンパスで開催され、報告者6名、討論者3名を含む28名が参加した。5つの報告があったが、報告者が発表時間を厳守してくれたこともあり、予定通りに進行することができた。多くの出席者に恵まれた活発な研究会となった。以下は各研究の報告と議論の要旨である。(大串和雄:東京大学、和田毅:東京大学)

「3重のジレンマの中で──サンパウロ州における軍警察をめぐる認識枠組み」
                            
清水麻友美(東京大学大学院)
                             討論者・大串和雄(東京大学)

近年のブラジル・サンパウロ州軍警察では、人権侵害事件が巻き起こした批判を受けて改革が行われている。既存の研究が、「行為から言説へ」という視点から、警察暴力の原因について改革が進んでいないと非難するのに対し、清水会員は、「言説から行為へ」という視点を加え、人権侵害という現象が行為と言説の相互反映的過程であると主張し、言説がいかに生産・再生産され、警察官の日常行為の背景となっているかを指摘する。具体的には、警察改革の三本柱である、コミュニティ・ポリシング、人権、総合的品質管理はそれぞれ警察の負のイメージへの対応であるが、他方でそれらは互いに対立して3重のジレンマと呼べる関係にもあり、警察官はそれら対立する柱の間でバランスを持って行為することが求められているという。この発表について、「ブラジル警察は人権侵害をしなくなったのにイメージが現実とかけ離れている」という話にも聞こえるが、警察による人権侵害はまだ続いていること、それでもサンパウロはブラジルの他の地域と比べると改革が進んでおり、ブラジル全体の一例としてサンパウロを取り上げるのは不適切であること、全体として警察の主張をそのまま受け取っている傾向がみられるが裏付けをとることの重要性、そして、ブラジルの警察官の待遇の実態を調査する必要性などが指摘された。

「ボリビア現地報告──エボ・モラレス大統領が進める改革」
    渡邉利夫(前在ボリビア特命全権大使)・岡田勇(前在ボリビア大使館専門調査員)

最近ボリビアから帰国した2名の発表者が、現地の政治経済情勢について報告した。まず、渡邉氏は、今世紀の中南米では新自由主義経済政策への反省から左翼主義が伸長しているという議論が日本では大勢であるが、ボリビアについてはその他の要因も勘案する必要があると述べた。それは、これまで政治力を持っていなかった先住民が発言力を強めていることや、52年「ボリビア革命」の政治家が相次いでいなくなったことなどである。またエボ・モラレス政権が進めようとしている“Revolución Democrática Cultural”、そして、その中心思想である「良く生きるVivir Bien」のイデオロギーと実際の政策についても説明した。次に、岡田会員は、エボ・モラレス政権下の一般的な経済指標を概観し、「国有化」政策の動向や資源採掘産業を除く生産性の低さといった中長期的問題を指摘した。後半は多くの活発な質疑応答があり、米州開発銀行や国連などの国際機関はVivir Bienに基づく政策を支援しているのか、エボ・モラレスの政策を進める上で中央政府と地方政府の関係――とくに税源の分配の実情――はどうなっているのかなど、最新のボリビア政治経済情勢について意見が交わされた。

「先住民の『母なる大地』と黒人の『先祖の土地』──ホンジュラスの事例」
                          金澤直也(早稲田大学非常勤講師)
                             討論者・川上英(東京大学)

金澤会員は、ホンジュラスにおける先住民の「母なる大地」と黒人の「先祖の土地」というふたつの土地概念の違いを検討し、なぜ、アフリカ系子孫のエスニック集団「ガリフナ」には「先祖の土地」という概念はあるのに「母なる大地」という概念はないのかという興味深い問いを提示した。金澤会員は、ホンジュラスの民族運動関係者へのインタビュー調査結果を踏まえ、ふたつの世界観の相違は先住民と黒人の生活習慣の違いと創世神話の有無に起因すると主張した。すなわち、先住民は現在住む土地、つまり「母なる大地」から生まれたという創世神話をもつが、アフリカ大陸にルーツがあるガリフナは現在住んでいる土地における創世神話をもたないため、「母なる大地」という概念がない、そして必要がないことを説明した。この発表に対して、アフリカにルーツがあるとはいえ300年もあれば「自分たちは何者であるか」という神話・語りが生まれるには十分なのではないか、ガリフナの中にも意見の多様性があるようだがどう解釈するのかなどのコメントが寄せられた。さらに会場からは、ガリフナと他地域のカリブ海から来た人々との共通性の比較は行っているか、政治的リーダーの話とガリフナの世界観は別物ではないか、神話も歴史も現在のニーズに従って今作られているものだという視点が欠けているのではないかなど多くのフィードバックがあった。

「メキシコ、オアハカ州の社会紛争におけるストリートアートを用いた民衆の抵抗」
                     山越英嗣(早稲田大学大学院)
                     討論者・新津厚子(東京大学大学院博士課程)

メキシコ南部オアハカ州では、2006年に生じた社会紛争において、ストリートアートを用いて政府への抵抗を試みる集団ASAROが現れた。山越会員の発表は、ASAROが制作した具体的な図像を扱い、民衆がいかなる社会的想像力を発揮したのかを読み解こうというものである。従来、ストリートアートは「管理社会への抵抗」という言説と親和性をもってきたが、本事例では、民衆間の情報共有や、テリトリアルな空間を創出するための視覚的なツール、超自然的な存在を可視化する装置などのように、多様なストリートアートの用法がみられた。また、紛争終結後は、非合法にストリートへ設置した作品をギャラリーやカフェなどの〈制度〉的空間に持ちこみ観光資源として活用すること――ストリートアートの「モニュメント化」――によって、外国人観光客などの外部社会へと訴えかけようとしたと主張した。この発表に対し、匿名性のストリートアートではメッセージが民衆に伝わりにくいのではないか、メッセージを受ける民衆の具体的な反応についてのデータはあるのか、政治社会的文脈を理解しない外国人観光客にメッセージが伝わると言えるのかなどの問いかけがなされた。また、会場からは、ASAROの現地での認知度、他の抵抗集団との関係、ASARO芸術家の出身階層などについての質問が続いた。

「メキシコ近代建築運動について」 
                     大津若果(早稲田大学大学院)
                     討論者・新津厚子(東京大学大学院博士課程)

20世紀初頭にメキシコに広まった西洋近代建築を、メキシコ近代建築運動という観点から考察する際、ふたつの重要な点を指摘できると大津会員は主張する。第一点は、西洋近代建築よりも形態が簡素化したメキシコ機能主義建築が看取される点である。これには、1932年の米国の「インターナショナル・スタイル」よりも前に西洋近代建築がメキシコに導入されていたことが重要であり、1929年に建築家ファン・オゴルマン(1905-82)が設計した〈セシル・オゴルマン邸〉はその代表例である。「機能主義」と呼ばれた建築スタイルは、出版物のみに学ぶ20代のアカデミー出身者たちによって試みられ、急速に具現化されていった。第二点は、インターナショナル・スタイルが国内に広まった1950年代に、〈大学都市(1949-52)〉などからもわかるように、そのインターナショナル・スタイルとの対立が示されたことだという。この発表に対して、メキシコ近代建築運動の特殊性やメキシコの地域性は何であるのか、なぜ近代建築を運動という用語を用いて説明する必要があるのかなどの問いかけがなされた。会場の聴衆からは、欧米とのつながりだけではなくラテンアメリカの国同士での近代化建築のアイデア交流の可能性の追求、大学都市のあり方の思想などについてメキシコがラテンアメリカで果たした役割の探求など、さらなる研究の方向性についての意見が多く出された。

中部日本研究部会

 2012 年 12 月 15 日、13:30 から 17:00 まで、 中部日本部会の研究会が開催され、報告者 4 名を含む 12 名が参加した。本部会で会員 4 名の報告があるのは、久しぶりのことで、 関係者として大変うれしく思う。以下は報告者自身の要旨である。 (田中 高:中部大学)

二瓶マリ子(東京大学大学院)
「植民地時代ルイジアナ─テキサス境界 地域ナキトシュにおける先住民交易」

 本報告では、以下の参考文献に依拠しつ つ、植民地時代、テキサスとの境に位置す るルイジアナ地方ナキトシュで行われてい た先住民交易を俯瞰した。18世紀のナキトシュは、フランス領時代(1714 〜 1762 年) とスペイン領時代(1762 〜 1803 年)に 2 分 することができる。フランス領ナキトシュ において、先住民交易は利益が得られる唯 一の商業活動であった。そのため 18 世紀 前半は、ナキトシュの開祖であり特権階級 に属する Louis Juchereau de St. Denis と その一族が、カド族をはじめとする境界地 域の先住民との交易を独占的に行っていた。 しかしルイジアナがスペインの手に渡ると、 先住民のキリスト教化および定住化に重点 を置くスペイン王室は、先住民交易を厳し く規制するかわりにタバコの生産を推奨し た。その結果、フランス領時代に先住民交 易をしていた特権階級の人びとは、交易を やめてタバコのプランテーション経営に従 事することとなった。そして、フランス領 時代よりも利益が望めなくなった先住民交 易は、ナキトシュに流入するヨーロッパ系 白人の新参者やメティス、先住民、黒人奴 隷といった社会の底辺層が行う商業活動に なっていった。特に、下層階級の白人の出 現は、18 世紀後半に突入してからみられた 新たな現象であった。こうして植民地時代 ナキトシュでは、18世紀前半から後半にか けて、商業活動が大きく変化すると同時に、 社会の階層化が進んだ。

参考文献:H. Sophie Burton and F. Todd Smith. 2008.“The Indian Trade in Colonial Natchitoches,”in Colonial Natchitoches: A Creole Community on the Louisiana-Texas Frontier (College Station: Texas A&M University), pp.105-126.

アレハンドラ マリア ゴンザレス (名古屋大学大学院)
「The Legal Compliance of the Central American Maquilas with the Multilateral and Regional Trade Agreements」

 Central American Governments have promoted textile trade originating from maquilas to stay competitive in the international trade arena. Maquilas are significant sources of employment, investment, foreign exchange earnings, and of transfer of technology and managerial skills. To promote them, fiscal incentives and tax holidays are granted to special business groups. Imports and exports in the assembly processes are tax exempted. Countries have enacted their own domestic legal framework in the form of Temporal Imports Regimes and Industrial Processing Zones Laws to ensure fiscal and customs benefits and security. The legal frameworks at times contradict with the WTO rules in that maquilas might be considered as prohibited export subsidies. Guatemala, El Salvador, and Costa Rica have started drafting new laws to comply with WTO rules. Honduras and Nicaragua at the time can enjoy an exemption to the prohibition, but based on economic growth, the exemption might phase out. Drafting should seek to strike a balance between international law compliance and codes of conduct and to maintain economic and social interests of the stakeholders.

望月博文(名古屋大学大学院)
「メキシコの麻薬組織とPAN 政権の対麻薬政策 ─フォックス政権とカルデロン政権の 12 年─」

 今、メキシコでは、政府軍・警察と麻薬 カルテル・犯罪組織内の争いなど、血なま ぐさい戦いが続いている。本報告では、麻 薬組織の誕生・変遷・特徴などメキシコの 犯罪カルテル、それに相対する政治・経済 動向等の変化を通し、メキシコの社会構造 を理解しようと試みた。そして 71 年間続い た PRI 政権に終止符を打ったフォックス政 権、麻薬戦争として犯罪組織に直接対峙し たカルデロン政権の政策、その成果について検討した。 発表構成においてはまず、1980 年ころの麻薬カルテル誕生・変遷、特徴とその活動、 そして麻薬カルテルに対するメキシコの警 察・検察・司法の体制と活動などを明らか にした。次に、メキシコ経済の現状分析を 踏まえ、二人の PAN 政権大統領(2000 〜 2012)の対麻薬政策を検討した。終わりに 米国、オランダなど世界各国の麻薬合法化 政策を通し、暴力の終焉に向けてメキシコ の麻薬政策を考察した。
 今学会発表の内容は、2013 年に予定して いる現地メキシコにおける調査の基本をな す研究であった。メキシコの政策の現状を 研究するに当たり、「PAN 政権に対する研 究では十分でなく、PRI 政権後半の政策も 対象にすべきではないか」など、多くの先 生方から頂いたご指摘を、今後の研究に役 立てたい。

光安アパレシダ光江(浜松学院大学)
「An Analysis of the Evolution of Trade Relations between Brazil and China」

 This presentation showed the changes occurred in the world economy and the increasing importance of two BRICs countries, Brazil and China. The analysis of these two country’s trade performance revealed that China has played an important role in world economy and greatly influenced world trade. In case of Brazil, trade with China has changed drastically, with substantial increases in exports and imports.

西日本研究部会

 2012 年 12 月 8 日、2 時から 5 時半まで、 同志社大学において西日本部会が開催され た。部会の参加者は 10 名、3 つの発表に 対して質問、意見の交換がなされた。発表 は、歴史学、文学、映像によるエスノグラ フィーと、分野も時代背景も異なるもので、 各専門分野からの質問は参加者が少なかっ たことから限定的だったが、研究分野を越 えた熱心な質疑応答が行われた。八十田会 員の発表は、文書が書かれた歴史的背景に 着目して、先住民医療がヨーロッパ医療の 理論を薬効の経験的知識に融合させながら 生き延びてきたと結論づけた。中村会員の 発表は、ストルニィの詩に現れた川と都市 のイメージをめぐる解釈とストルニィの自 殺をめぐり前後の詩の表現に関して質疑が 行われた。田沼会員の発表では、最初に今 回のドキュメンタリーの背景説明があり、1 時間のドキュメンタリーを見た後に、映像 によるエスノグラフィーの可能性について などの質問があった。以下は、発表者によ る発表の要旨である。(松久玲子:同志社大学)

八十田糸音 (大阪大学大学院 人間科学研究科)
「Libellus de medicinalibus indorum herbis(クルス・バディアーノ写本)に混在 するヨーロッパと先住民の医療について」

 「クルス・バディアーノ写本」は、16 世 紀のナワ人医師の手による、現存する唯一
の先住民医療の書であると考えられている。 その内容は西洋と先住民医療の混合である との指摘もあるが、先行研究の多くは、本 書の先スペイン期の先住民医療に関する史 料としての価値を見極めるため、その内容 から先住民もしくはヨーロッパ医療的性質 を探ることを目的としている。
 本発表では、本書はヌエバ・エスパー ニャのメンドーサ家の依頼で作成されたも のであり、新大陸の薬草貿易の許可を得る ため、国王に謁見する際に贈られたという 点に着目し、本書が作成された経緯や歴史 的背景にまず焦点をあて、そこから本書に 記述された治療法の性質の再検証を行った。
 その結果、本書はヨーロッパ医療の理論 に沿って先住民医療の薬材を使用するため の、ヨーロッパの人々に新たな医療の試みを 提案する目的で書かれた書であると考えた。
 また、エメラルド等ヨーロッパで万能薬 と考えられていた薬材が、先住民が重視し ていた「3 つの魂」に関係の深い疾病の治療 に用いられていること等、先住民医療的解 釈のみで説明付けられないこと、メンドー サ家の主要輸出商品とみなされているサル サパリラが、梅毒や痛風等 16 世紀のヨー ロッパの人々を悩ませた病気の治療法を記 述した箇所で挙げられていること等を新た に指摘した。

中村多文子 (京都外国語大学他 非常勤講師)
「アルフォンシーナ・ストルニィ『デスマ スクとクローバー』(1938)におけるラプ ラタ川とブエノスアイレスについて」

 アルフォンシーナ・ストルニィは 20 世 紀前半に活躍したアルゼンチンの女性詩人 である。この時期、ブエノスアイレスは近 代化の発展とそれに伴う都市問題を抱えて いた。また、都市は文学において一つの大 きな関心事であった。こうした中、都市で執筆した作家としてストルニィは都市をい かに表現したのだろうか。本報告では、最 後の詩集『デスマスクとクローバー』に収 められている 3 篇の詩を例に考察した。
 彼女の都市をテーマにした詩には川が しばしば登場する。地理的要因があるとは いえ、その存在は何らかの意味を持つと考 えられる。『デスマスクとクローバー』以前 の作品では、主に都市描写の中に川が登場 し、その一部であった。しかしこの詩集で は、川描写の中に都市が埋まっている詩が 数篇ある。なかでも本報告で扱った “Río de La Plata en gris aúreo” や “Río de La Plata en lluvia” では川を理想の対象とし、理想と はかけ離れた都市の現実をほのめかしてい る。一方、“Danzón porteño” では、ブエノ スアイレスの境界線をなす川とそこにかか る橋を利用し、貧困地域の悲惨な状況を描 写している。これらの詩の共通点として、詩 人の理想や願望が込められていること、都 市の苦しい状況が暴かれ、暴力や死が描か れていることがあげられる。これらを表現 するために、川と都市は対照的に描写され てはいるが、両者は必要な要素であったと 言えるだろう。

田沼幸子(大阪大学)」
「 映 像 作 品『Cuba Sentimental、 旅 の 記 録』について(監督:田沼幸子、助監督: レオニード・ロペス、60 分)」

 本作は『Cuba Sentimental』(監督・撮 影・編集 田沼幸子 2010 年、以下『CS』と 略称)が各地の映画祭および登場人物であ る本人たちにどのように受けとめられたか を記録したものである。『CS』は、ハバナ で長期調査を行った著者が、なぜ同世代の キューバ人らが移民したのか、その背景お よび彼らの感情的な側面をキューバ国外の人に知らせたいという動機から制作された。 本作を観た登場人物からは「、自分たちの小さな現実に光を当ててくれた」という声が あがった。各地の映画祭では、技術的な欠 点にも関わらず、登場人物の魅力に引き込 まれ、これまで知らなかったキューバの現 実を知る事ができたと評価された。本国で は現地の若者たちに、通常、陽気な国民と して表象されがちなキューバ人の「孤独」 が描かれていることに驚いたと言われた。
 本作はまた、『CS』の人物たちの「その 後」を追っている。「ここが最終目的地では ない」と言っていた彼らも、多くはまだ元 の移住先で暮らしている。それは 30 代半ば を過ぎた登場人物たちが育児を始めている ことと関係している。1999年の「エリアン 少年事件」以来、子どもの出国が制限され たため、登場人物らには子どもがいなかっ た。しかし生活基盤が固まり、年齢的な制 約もあるなか、出産に踏み切るカップルが 増えてきたのである。異国で生まれた子ど も達を抱えた彼らがどのような生き方を選 ぶのか、引き続き注目していきたい。